◆あなたの「パワハラ基準」は通用しない?
「俺が若いころは……」
なんて、言葉が口癖の人は要注意です。パワハラを悪気なく引き起こしてしまうタイプでしょう。パワハラの原因の多くが「俺的にはセーフ」「私の感覚では問題ない」という考えに起因するといいます。加害者となった方の多くが「自分もそうやって育てられた」と発言するように、根本には「若い子を育てたい」という前向きな発想にがあるのでしょうが、そのやり方が現代の職場では通用しないこともあるのです。
これはセクハラも同様です。不快に思うかどうかの判断基準は自分ではなく相手にあることを忘れてはいけません。自身にとっては当時のつらい経験が今の財産であったとしても、同じことを部下にさせるとハラスメントになってしまうということがあるのです。
◆まさか! あの人に訴えられるなんて
「ええっ!!彼女は関係ないのにあれがセクハラだって!?」
思わず大声で叫んだのは営業部のAさん(35歳)。人事部長に呼び出され、「社内の懇親会の行為がセクハラに当たる」と言われたのがその理由でした。Aさんは「お酒の席とはいえ、社内の飲み会であることはわきまえています」と言い、「セクハラを指摘されるような言動は記憶にありません」とキッパリと否定したそうです。
しかし、人事部長は「Bさんに『お前の胸があと5センチ大きければすぐに彼氏出来るのにな』と言ったそうだね」と返します。すると、Aさんは「はい、確かに言いました。でも、Bとは同期入社でお互いに冗談を言い合える間柄です。いつも同期の飲み会では鉄板のネタです。Bがそんなこと言うなんて信じられません。だって……」と。そこで、人事部長は話をさえぎるようにこう告げました。
「苦情はBさんじゃないんだよ、それを聞いていたCさんなんだよ」
こうして冒頭のAさんの叫びとなったのでした。Aさんとしては「お前の胸が……」というセリフがセクハラなのは理解していたそうですが、「信頼関係がある相手を選んで発言した」ので問題にならないと思っていたそうです。しかし、Aさんから直接言われたわけではなくとも、それを隣で聞いていたCさんが不快に思い、セクハラと感じて人事部に訴え出たそうです。「気心が知れている」「合意の下だ」なんて言っても、TPOをわきまえないとセクハラ認定されてしまうのです。
このように、ハラスメントは当事者だけではなく、第三者からも訴えられることがあるのです。実際、自分ではなく、同僚に怒鳴り散らしている上司を見て体調を崩し、パワハラを訴え出た例もあります。
◆飲み会に誘わないのはハラスメント?
映像制作会社の企画部での出来事です。この部署では定期的に飲み会を開催しているのですが、部長だけはその飲み会に誘われていなかったようです。ある日、飲み会の話を偶然聞いたD部長は「俺もたまには呼んでくれよ」と飲み会を企画しているE君に頼んだそうです。
メンバーの中には反対した者もいたそうですが、「さすがに断りづらい」ということでD部長も誘ったそうです。飲み会はいつも通り盛り上がっていたのですが、突然、D部長が立ち上がり、E君の顔めがけて“から揚げ”を投げつけてしまったそうです。
静まり返った居酒屋の個室で部長はE君に不満をぶつけました。その理由は一番の上司であるにもかかわらず
1.乾杯の挨拶をさせなかった
2.ほぼ無視をされている
3.お酌をする者すらいない
とのこと。部長が退席すると、「パワハラじゃないのか?」「明日から職場でも無視しよう」といった声が上がったそうです。
確かに、部長の行為はパワハラと問われても仕方のないところですが、無視や飲み会外しなどの一連の行為も“逆ハラ”と言われる可能性のある行為でしょう。そんなことから、本件は両者ともに“注意”ということでいったん決着しました。ただし、これとは別にD部長のマネジメント能力が問われることとなったのは言うまでもありません。
◆朝礼で謝罪させられるのはパワハラ?
「みんなに謝罪してください」
とある精密機器メンテナンス事業を行う会社の朝礼での出来事です。
専務に謝罪を迫られているのは営業課長のFさん。話によると、このFさん、女性の派遣スタッフに対し日頃から横柄な態度を取り、また、セクハラと思われるような言動を行っていたそうです。Fさんは女性スタッフに直接謝罪をし、「今後は改めてくれるならば」ということでその場は収まったのですが、本件の報告を受けた専務がたいそう腹を立て、「全社員に対して謝罪をするべきだ」となったそうです。
針のむしろに座る思いをしたFさんはその後体調を崩し、退職したそうです。この話はこれで終わりではありません。ほどなくしてFさんから会社に対して「パワハラを受けて退職せざるを得なくなった」として、あっせんが申し立てられたのです。“セクハラ”は確かに問題行為ですが、それを注意や処分することも適切に行わなければなりません。
“悪を成敗する”といったようなスタンスで指導をしていると、それ自体“行き過ぎた指導”となり、パワハラとなってしまうのです。セクハラやパワハラを取り締まるはずの第三者がパワハラの加害者になってしまうこともあるのです。
セクハラ、パワハラ以外にもマタハラ(マタニティ―・ハラスメント)やアカハラ(アカデミー・ハラスメント)、煙草の煙に対するスモハラや臭いに対するスメハラ(スメル・ハラスンメント)など多くの◯◯ハラが増えました。とはいえ、今は少しでも不快な事があると「それって◯◯ハラだよね」と何でもかんでもハラスメントに結び付ける人が多いような気がします。相手に対してハラスメント認定をすれば、「何を言っても許される」とでも思っているのでしょうか。
例えば、スメハラ。強烈な香水を使用していたり、悪臭を放つ食材などを持ち込んでいるのであれば「スメハラである」と注意しても良いでしょう。しかし、体臭のように本人の意思に関わらないものまでもハラスメントとして糾弾するのは問題です。その糾弾する行為そのものがパワハラとなる可能性があるのです。
また、なんでもかんでも「それ◯◯ハラ」と言ってレッテルを貼る行為もそれ自体がハラスメントになるかもしれません。まさにハラハラ(ハラスメント・ハラスメント)と言っても良いでしょう。自分は冗談で「それって◯◯ハラだよね」と言っても、本当にそうなのか判断するのは言われた方です。“ハラハラ”にならないように注意しましょう。
◆ハラスメントが印籠に!? ハラハラに注意を
まず、理解しておきたいことは、何でもかんでも“ハラスメント”になるわけではありません。例えば、業務上必要な事と認められるのであれば、ハラスメントではないのです。本来は必要ではない、余計な事を付け足したり、やり過ぎたりするからハラスメントになるのです。
そして、それが受け入れられるかどうかは自分では決められないということです。同じセリフ、同じ方法だとしても、誰に言われたかによって“コミュニケーション”と“ハラスメント”に分かれるからです。したがって、信頼関係の度合いに応じて指導方法やコミュニケーションの取り方を変えるなど工夫することが必要でしょう。
また、相手だけではなく、第三者に対してもハラスメントになってしまうことがあるということも忘れてはなりません。一方的な信頼関係やTPOをわきまえないコミュニケーションは無意識にハラスメントを行ってしまう可能性があることを常に意識しておきましょう。
最後になりますが、信頼関係が無くとも、ちゃんと相手の人格を尊重した上で業務に対する指導であればハラスメントにはなりません。ハラスメントを恐れるあまり「指導ができない」なんてことにならないよう、何がハラスメントになるのかを理解しておくことが肝要です。
<文/大槻智之>
【大槻智之】
’72年4月、東京都生まれ。日本最大級の社労士事務所である大槻経営労務管理事務所代表社員。株式会社オオツキM 代表取締役。OTSUKI M SINGAPORE PTE,LTD. 代表取締役。社労士事務所「大槻経営労務管理事務所」は、現在日本国内外の企業500社を顧客に持つ。また、人事担当者の交流会「オオツキMクラブ」を運営し、250社(社員総数25万人)にサービスを提供する