Q2・1「心理学では、どんなテーマが研究されているのですか」---心理学の研究領域
Q4・1では、心理学の領域を概論書から鳥瞰(ちょうかん)してみます。
大学の講義は、もっぱら、こうした概論書に基づいて行なわれます。
一方、研究室では、概論書にある整然とした知識とは無縁とさえ思えるような泥臭いテーマで実験や調査をしています。
自分の行なっているテーマや研究内容が概論書に紹介されることは、めったにありません。概論書には、学界での定説や検証ずみとされているデータしか掲載されないからです。
大学の心理学教育では、3年生くらいになると、概論書を離れて、実習という形で、その泥臭い研究現場との接点が用意され、4年生では卒論でミニチュア研究をすることになります。そこではじめて、学問的な知識の生産現場を体験することになります。そこで概論書の知識までの距離の遠さを実感させられます。 では、具体的にはどんなテーマで、その泥臭い研究は行なわれているのでしょうか。 これを紹介するのに格好の文書があります。それは、1年に1回開催される日本心理学会の大会発表論文集です。心理学の全領域の研究者が一同に会して、1年間の成果を競います。毎年、1千件を越える発表がなされますので、発表集も厚さが千ページを越えます。
全体は20分野くらいに分かれます。それぞれについて、研究内容を1行で、さらに、内容が推測ができそうな発表タイトル2つを紹介してみます。ざっと眺めておいてください。どんなことが研究されているかの雰囲気をわかってもらえればと思います。
○「原理・方法」 心理学の歴史、心理学の方法論、心理学のあるべき論 ・心理学的認識の基礎づけ ・明治の実験心理学史
○「数理・統計」 データ処理上の問題、数学的なモデル構築上の諸問題など ・項目反応モデルにおける部分得点への対応 ・個人差を考慮した好み変化モデル
○「生理」 脳などの生理的な機能を通して心の働きの研究 ・フィードバック信号の情報価と事象関連電位 ・覚醒水準による認知機能の変動 ○「行動」 動物行動の研究、人の身体の動きの特徴の研究 ・野性ニホンザルの行動規制の研究 ・マウスのおけるセルフコントロール選択
○「感覚・知覚」 視聴覚などの感覚特性と知覚の特性の研究 ・絵画における奥行き知覚 ・景観知覚における視聴覚情報の相互作用
○「認知」 高次の精神活動の研究 ・まなざしから心を読む ・説明と理解における行為と発話に関する研究
○「学習」 もっぱら動物を使った行動変容の研究 ・条件性恐怖に対するモルヒネ反復投与の影響と文脈の役割 ・ヒトにおける免疫機能の古典的条件づけ
○「記憶」 覚えたり思い出したりする記憶の特徴の研究 ・エモーショナルストレスが目撃証言に及ぼす効果 ・アルツハイマー病患者の行為事象記憶に関する研究
○「思考・言語」 推論の特性や言語情報の処理の研究 ・車の運転時の独り言の探索的検討 ・フィードバックエラーが仮説検証方略の選択に与える影響
○「人格」 性格と行動との関係の研究 ・ギャンブル愛好者の心理的特性 ・セルフコントロール尺度の開発に関する研究
○「情動・動機づけ」 喜怒哀楽、やる気の研究 ・高齢者の日常活動の認知と幸福感を規定する要因の検討 ・目標志向に影響を及ぼす自律性と知覚した教師の態度
○「発達」 年齢に伴う心の変化の研究 ・青年の親への態度・行動の発達的変化 ・乳児の注意の共有における発達過程
○「教育」 子どもの教育に関する心理学的研究 ・テレビゲーム使用量と学校不適応の因果関係の検討 ・大学生の授業中の発言スタイル
○「社会・文化」社会における人の行動の研究 ・大学生の携帯電話コミュニケーション ・住まいに表出される住み手のパーソナリティについて
○「臨床・障害」 心の悩みや心の障害のケアに関する研究 ・特別養護老人ホームにおける集団回想法 ・リハビリテーションを受ける患者の心理的考察
○「犯罪・非行」法をおかした人々の心についての研究 ・若年受刑者の犯歴についての研究 ・青少年の不良行為・非社会的行為と対人的態度
○「産業・交通」 産業や交通にかかわる心の研究 ・職場不適応に関する検討 ・医療従事者の職務エラーに関する研究
○「スポーツ・健康」 スポーツや健康における心の研究 ・競技事態における対処方略のストレス反応に及ぼす影響 ・大学生における攻撃性と健康状態の因果関係
これほど多岐にわたって研究がなされていることもあってか、まったく同じ研究がぶつかることはほとんどありません。 長い年月でみると、研究テーマにも流行がありますが、自然科学と違って最先端研究テーマが設定されることもめったにありません。したがって、第一発見者を競うような研究環境が作られることは、まずありません。それぞれが、一つのテーマを息長く研究するスタイルが多くなっています。
最後に、余談。心理学の研究者があまりに何にでも関心を見せるので、「心理学はゴミ箱あさりばかりしている」と揶揄(やゆ)する人がいました。でも、「ゴミ箱にもダイヤモンドが捨ててあることもありますから」と反論したことがあります。どのテーマがゴミのままに終わるか、ダイヤモンドになるかは、研究者の力量次第です。
Q4・1では、心理学の領域を概論書から鳥瞰(ちょうかん)してみます。
大学の講義は、もっぱら、こうした概論書に基づいて行なわれます。
一方、研究室では、概論書にある整然とした知識とは無縁とさえ思えるような泥臭いテーマで実験や調査をしています。
自分の行なっているテーマや研究内容が概論書に紹介されることは、めったにありません。概論書には、学界での定説や検証ずみとされているデータしか掲載されないからです。
大学の心理学教育では、3年生くらいになると、概論書を離れて、実習という形で、その泥臭い研究現場との接点が用意され、4年生では卒論でミニチュア研究をすることになります。そこではじめて、学問的な知識の生産現場を体験することになります。そこで概論書の知識までの距離の遠さを実感させられます。 では、具体的にはどんなテーマで、その泥臭い研究は行なわれているのでしょうか。 これを紹介するのに格好の文書があります。それは、1年に1回開催される日本心理学会の大会発表論文集です。心理学の全領域の研究者が一同に会して、1年間の成果を競います。毎年、1千件を越える発表がなされますので、発表集も厚さが千ページを越えます。
全体は20分野くらいに分かれます。それぞれについて、研究内容を1行で、さらに、内容が推測ができそうな発表タイトル2つを紹介してみます。ざっと眺めておいてください。どんなことが研究されているかの雰囲気をわかってもらえればと思います。
○「原理・方法」 心理学の歴史、心理学の方法論、心理学のあるべき論 ・心理学的認識の基礎づけ ・明治の実験心理学史
○「数理・統計」 データ処理上の問題、数学的なモデル構築上の諸問題など ・項目反応モデルにおける部分得点への対応 ・個人差を考慮した好み変化モデル
○「生理」 脳などの生理的な機能を通して心の働きの研究 ・フィードバック信号の情報価と事象関連電位 ・覚醒水準による認知機能の変動 ○「行動」 動物行動の研究、人の身体の動きの特徴の研究 ・野性ニホンザルの行動規制の研究 ・マウスのおけるセルフコントロール選択
○「感覚・知覚」 視聴覚などの感覚特性と知覚の特性の研究 ・絵画における奥行き知覚 ・景観知覚における視聴覚情報の相互作用
○「認知」 高次の精神活動の研究 ・まなざしから心を読む ・説明と理解における行為と発話に関する研究
○「学習」 もっぱら動物を使った行動変容の研究 ・条件性恐怖に対するモルヒネ反復投与の影響と文脈の役割 ・ヒトにおける免疫機能の古典的条件づけ
○「記憶」 覚えたり思い出したりする記憶の特徴の研究 ・エモーショナルストレスが目撃証言に及ぼす効果 ・アルツハイマー病患者の行為事象記憶に関する研究
○「思考・言語」 推論の特性や言語情報の処理の研究 ・車の運転時の独り言の探索的検討 ・フィードバックエラーが仮説検証方略の選択に与える影響
○「人格」 性格と行動との関係の研究 ・ギャンブル愛好者の心理的特性 ・セルフコントロール尺度の開発に関する研究
○「情動・動機づけ」 喜怒哀楽、やる気の研究 ・高齢者の日常活動の認知と幸福感を規定する要因の検討 ・目標志向に影響を及ぼす自律性と知覚した教師の態度
○「発達」 年齢に伴う心の変化の研究 ・青年の親への態度・行動の発達的変化 ・乳児の注意の共有における発達過程
○「教育」 子どもの教育に関する心理学的研究 ・テレビゲーム使用量と学校不適応の因果関係の検討 ・大学生の授業中の発言スタイル
○「社会・文化」社会における人の行動の研究 ・大学生の携帯電話コミュニケーション ・住まいに表出される住み手のパーソナリティについて
○「臨床・障害」 心の悩みや心の障害のケアに関する研究 ・特別養護老人ホームにおける集団回想法 ・リハビリテーションを受ける患者の心理的考察
○「犯罪・非行」法をおかした人々の心についての研究 ・若年受刑者の犯歴についての研究 ・青少年の不良行為・非社会的行為と対人的態度
○「産業・交通」 産業や交通にかかわる心の研究 ・職場不適応に関する検討 ・医療従事者の職務エラーに関する研究
○「スポーツ・健康」 スポーツや健康における心の研究 ・競技事態における対処方略のストレス反応に及ぼす影響 ・大学生における攻撃性と健康状態の因果関係
これほど多岐にわたって研究がなされていることもあってか、まったく同じ研究がぶつかることはほとんどありません。 長い年月でみると、研究テーマにも流行がありますが、自然科学と違って最先端研究テーマが設定されることもめったにありません。したがって、第一発見者を競うような研究環境が作られることは、まずありません。それぞれが、一つのテーマを息長く研究するスタイルが多くなっています。
最後に、余談。心理学の研究者があまりに何にでも関心を見せるので、「心理学はゴミ箱あさりばかりしている」と揶揄(やゆ)する人がいました。でも、「ゴミ箱にもダイヤモンドが捨ててあることもありますから」と反論したことがあります。どのテーマがゴミのままに終わるか、ダイヤモンドになるかは、研究者の力量次第です。
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