Q2・2「人間には自由意志がありますから、被験者は心理実験や調査で嘘を言うこともできると思いますが、それでも科学的なデータは集められるのですか」---自由意志
自由意志の問題は、心理学にとって最もやっかいな問題の一つです。小さいところでは、質問にあるように、研究データを集めるところで、大きいところでは、人間をどうみるか(人間観)で、自由意志が問われます。
まずは小さいところから。
たとえば、心理実験の場面で、被験者(実験に協力してくれる人)は、確かに、実験者に「自由に」逆らうことができます。本当は見えたものも見えないと報告する「自由」があります。
1950年頃に盛んに行なわれた力動的知覚と呼ばれる実験で、実際にこんなことが起こっているのではないかと疑われる現象がみられました。
その実験では、口に出すことがはばかられる性的なタブー語を瞬間的に(20ミリ秒くらい)呈示して見えたか見えないかを問います。被験者が見えなかったと報告するときでも、感情状態をとらえることのできる、皮膚電気反射(GSR;galvanic skin response)には、実際は見えていることをうかがわせる反応が起こったのです。なお、GSRとは冷や汗を計測する機械です。嘘発見器の原理になっています。
被験者は、口に出すのが恥ずかしいので(防衛反応として)、「嘘」をついているのではないかと疑われました。
結局、無意識の世界で起こる、心(見る)と身体(生理反応)の乖離現象の一つということになり、自由意志による「嘘」ではないらしいということになりましたが、こんなところに、自由意志の「心理実験上の」困った問題の一端をみることができます。
そこで、心理実験では、さまざまな工夫をすることで、自由意志の介入を防ぐ手だてをしてきました。
たとえば、実験意図を察知されないようにすることです。察知されると、その意図に合うように「歪めて¥反応されてしまう可能性があるからです。
もう一つ。これは、倫理的にはやや問題がありますので、あまり推奨はされませんが、「嘘の」実験目的を告げてから実験することもあります。社会心理学の実験などでは、実験目的からしてどうしてもそうせざるをえないことがしばしばあります。
あるいは、質問紙調査法では、誰もが「はい」と答えるような項目、たとえば、「あなたは嘘をついたことがありますか」「あなたは嫌いな人に出会ったことがありますか」と言ったような項目---虚偽尺度と呼ばれいます--をそれとなく入れておいて、他の質問にも嘘の回答をしていないかどうかのチェックをすることがあります。
最もよくやるのは、「できるだけ速く」「直感的に判断するように」指示することで、あれこれと考えられないような状況----自由意志の入り込めない状況---を作ることです。
どれもこれも完全な方策にはなりえないのですが、多くの被験者は、「嘘を言う権利?を行使していない」との前提で、データ集めがされています。自然科学では考えられない苦労です。
さて、次は、自由意志に関する大きいほうの問題です。
自由意志は、「心理実験上は」やっかいものですが、人間観、心をどうみるかの問題としては、やっかいものなどと言ってはおれない最重要問題です。
心理学者の間では、「人間は、思っているほどには、自由意志によって自分の心や行動をコントロールはしていない」ということで了解していると思います。
たとえば、買物に行って、RV社のシャンプーを買ったとします。自分で買ったのだから、それはあなたの自由意志だと言いたいかもしれません。
しかし、その自由意志は、何ものにも影響を受けない、純粋無垢?なものと言い切れる自信はありますか。
もしかしたら、夕べ見たテレビのCMが影響していませんか。あるいは、店頭で目立った、容器がすてきだったなどが購入を促したようなことはありませんか。
これを「あなたの自由意志がそうさせた」と言ってしまうと、それで話は終わりになってしまいます。思考停止が起こってしまいます。これでは、心理学は人間の研究をすることができません。
人間の心や行動を心理学の研究対象とする限り、どうしても、事を因果的にとらえることが必要となります。その心や行動を引き起こした原因はどこにあるのかを探るのが、研究の基本図式(パラダイム)なのです。因果論(Q2・7参照)には、したがって、自由意志が入り込む余地はありません。
ただ因果論は、自然科学的な説明の論理です。人間の見方としてそのまま持ってくると、それなりの---かなりの!---限界があります。
「人間には人間なりの生存原理、生きる意味があり、それを探るのが心理学なり」とする人間性心理学に立脚する心理学研究者もおります。
RV社のシャンプーを買った行為は、その人の生活の中で何を意味しているのかを問うのです。今現在の心や行為を結果としてみるのではなく、未来にむけての意味のある活動として考えてみるのです。
人間性心理学は主流ではありませんが、根強く活動しています。そして、時折、気になる論議をあちこちで吹きかけて、サイエンスとしての心理学を活性化させてくれています。両者の違いを表にまとめておきました。
この幅の広さが心理学のおもしろさの一つでもあります。
****表 人間性心理学と科学的心理学の比較
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人間性心理学 科学的心理学
人間観 未来志向 過去志向
意味ある存在 決定論的存在
方法論 了解的 因果的
研究領域 人間固有 生き物共通
ねらい 人間観の構築 人間制御