心の風景 認知的体験

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自転車にスマホ、やめましょう!!

2018-09-23 | 安全、安心、
電動自転車、1週間のって、これは自分には危険と判断してやめた。

歩道自転車が多く、
しかも、若者が多いのだが、耳にイヤホン、スマホいじりながらの自転車の多いこと。
しかも、かなりのスピードで、走る。
夕方など、無灯火自転車もある。

身近な危険の最たるものが、自転車ではないかと思う。


心理学への期待」10年前の今日の記事

2018-09-23 | 認知心理学

●「恒産なき者は恒心なし」ということであろうか。今の日本のこの経済的・物質的豊かさの中で,人々はようやく自らの心の深奥に目を向けはじめたようである。心理学への過剰なまでの(時には見当はずれとも思えるような)期待が高まっている。

●その期待は,一方では,より豊かな精神生活を構築する方向へのものである。「効率的に学ぶにはどうするか」「どうすればより創造的な力を発揮できるか」「めくるめくような心の高揚を得るにはどうすればよいのか」などなど。もう一方の期待は,ストレスに打ちひしがれ,あえいでいる心を正常な状態に回復させるにはどうしたらよいかという方向のものである。

●しかし,いずれの期待にも十分に応えるものが,「学問としての心理学」の中にはない。その隙をつくかのように,人の心を無造作にもてあそぶことを生業とするビジネスが雨後のタケノコのごとく出てくる。危険な兆しである。学問としての心理学のなかに,方法論的な厳密さへ自閉していきがちな傾向に反省の機運がある。この機運が盛り上がってくれば,世間の期待をしっかりと受け止められる心理学の知見が蓄積されてくるであろう。

これはいい!!

2018-09-23 | 心の体験的日記
聴力低下はいろいろ困るのだが、
そのうちの一つに、ドアーホーンが聞こえないということがある。
今日、電気屋さんで、無線式を見つけた。
受信機が、音と光を発信。しかも、家のどこにでも受信可能。
これなら、アマゾン>やまとの配送システムも不在なしで利用できそう。


知力、体力、気力

2018-09-23 | 健康・スポーツ心理学
3つが最高の状態というのは、年齢的にいうと、40台くらいかなー。

まもなく76歳。
3つとも、風前の灯という状態。

とりわけ、気力と体力がめっきり落ちた。

知力も落ちていると思うが、あまり知力が必要な日常ではないので、
衰えても、感じないのかもしれない。

病後になって意外に思うのは、
気力の大事さである。
これが知力、体力を支配しているような感じなのだ。
そして、不思議なのは、気力が食欲とひどく連動しているのだ。

図式化すれば(今の自分の場合であるが)

食欲ー>気力ー>体力
      ->知力

普通だと、食欲の代わりに、動機付けだろうなー

こんな売り方、まずいのではないのかなー

2018-09-22 | 心の体験的日記
エアコン16万円で購入した。
今日がその据え付。
配電盤などあれこれチェックをした結果、
据え付け代金なんとさらに7万円かかるとのこと。

お店で購入したときは、据え付け代金のことは一切説明なし。

これまでいい付き合いをしてきた電気屋だが、これからは
警戒せねば。

年寄りだと思ってバカにしている、だましているようではなかったので、
抗議もせずに、来週火曜日の設置を待つことになる。

買い物は難しい。

玄関リフォームもしっかりしたところに頼まないとねー

今日の夕飯、何にしますか?(43件)」gooブログお題

2018-09-22 | 心の体験的日記
朝食は、
牛丼のもと+納豆+山芋+卵

昼食は、食欲なしで、
甘酒とメロンのみ。

そろーりと空腹がやってきそうな予感。

千栄堂で、チラシ寿司といなりずしが買えたので、
レトルト味噌汁で食べたいと思っている。

選択麻痺

2018-09-22 | 心の体験的日記
つまらない記事です。

歯磨き粉って、種類(効能)があれこれあって、選択麻痺を起こす。
そこで、心理学者が考えた。 笑い

3種類の効能の違う磨き粉を買って、それを順番に使うのだ。
これなら、文句ないだろう。
宣伝にも迷わされなくと済む。

賢い消費者にならねば。

仕事と目標(使命)

2018-09-22 | 社会
仕事には多種多様の目標や使命があります。

組織の目標(外部目標)と自分自身の目標(内部目標)をすり合わせていくことが大切。

さらに、日記を読み返すことで、自分の仕事の意義を自分なりに納得できる形で語れる「物語」が見えてきます。
これは、もう一段上の仕事をするうえで、「効率」や「成功」以上に大切。

●情の働きの今

2018-09-22 | 心理学辞典

●情の働きの今
年間自殺者2万人超えは尋常の数字ではない。物質的な豊かさのなかでの心への配慮不足が気になる。
過度のストレスや感情コントロール不全をもたらしている社会的な要因の排除と、心のケア・システムのよりいっそうの充実とが早急に求められている。



挨拶「周りを元気に明るくする簡単言葉」周りを元気にするキーワ―ド解説その1

2018-09-22 | ポジティブ心理学
挨拶「周りを元気に明るくする簡単言葉」

● あいさつ実験
今日こそ、散歩をしながら、行き交う人々に挨拶しようと、出かける前に決心します。近隣には、自分とおなじくらいの高齢の方々がたくさん散歩しているし、あちこちに最近はられるようになった防犯ポスターの一つ「挨拶こそ 地域の絆づくりの第一歩」を実行せねばと思うからです。

ところが、これができないのです。つい、目をそらし、頭をたれて、通り過ぎてしまいます。
相手もその気持ちのほどはわかりませんが、先方から挨拶してくる人もまずいません。

でも、時折、思い切って挨拶すると、相手からも挨拶が返ってきます。これもおもしろいですね。しかも、うれしいですね。

まれですが、挨拶しても無視されることもあります。これは気持ちがちょっぴり傷つきますね。それがいやで、あるいは怖くて、率先挨拶をしたくないということもあります。

散歩している人も、「挨拶することはよいこと、必要なこと」は知っているはずです。ある人はそれができにくい、ある人は、それがいとも簡単にできてしまうのです。この認識と振る舞いのギャップの違いはどこからくるのでしょうか。

まずは、挨拶する人どうしの関係がありますね。
雑踏の中で誰かれとなく挨拶することは絶対にありません。
先生に学生が挨拶するのは、面識こそないもののーーー実は、大学では、
学生は先生を知っていて、先生は学生を知らない、という非対称性がありますーーー同じ組織に所属しているものどうしという前提があります。

組織に関連して、もう一つ、挨拶の普及には、それなりの雰囲気づくりがあると思います。
「ではお隣同士挨拶してください」から会議をはじめる議長役の人もいました。それくらい、挨拶を大事にしているのです。
そして、いったん、こういう文化ができてしまえば、あとから入学してくる学生、教員は、なんの抵抗もなく、これを受け入れます。

ところで、昔、生まれてはじめて富士山に登ったときのことを思い出しました。苦労して登っていくと降りてくる人が挨拶をしてくれるのです。ちょっとびっくりしました。その後も何度か山登りをしましたが、同じように挨拶されました。

これはなんなのでしょう。たんなる山登りのマナーなのでしょうか。だとしても、どういう経緯でこういうマナーができたのでしょうか。

● 挨拶はなんのために
挨拶は地球上のどこでも交わされる親しみのための儀式です。
儀式ですから、まず、するべき時と場所では必ずしなければなりません。そして、挨拶の仕方(マナー)もそれぞれの文化による違いはありますが、必ず決まっています。

外国訪問した際の要人どうしの挨拶がその典型ですね。聞いたところによると、外国訪問の際、まずは、要人へのレクチャーは挨拶マナーだそうです。

こうしたいわば「公式的」な挨拶は、双方がして当たり前、しかも、その場のマナーに従ってして当たり前となります。できなかったら、恥知らずとなります。時には、国際問題にもなりかねません。

ここで問題にしたい挨拶は、いわば「非公式の」挨拶です。これには、明確な決まりがない、しかし、強い「暗黙の」決まりがあるだけで前に紹介したような面倒が起ることになります。

ところで、こうした挨拶は何のためにやるのでしょうか。

感情表現は、自分の気持ちを伝えるシグナルなり、という考えがあります。それを敷衍すると、挨拶、それに伴う表情(笑顔)は、あなたの親しみの気持ちを相手に伝えるシグナルと言えます。
なんのために親しみを見せるかというと、
はじめての場では、
「攻撃しません、皆様の仲間です、あるいは、仲間にいれてください」
というメッセージを伝えるためですし、

親しい場では、
「これから、自分もその場にいれてください」
というメッセージを伝えるためです。

だとすると、親しい人の場合は違和感なくお互いに挨拶できますし、しなければ不自然になります。そして、相手が見知らぬ人だと、挨拶すると、予想外のことなのでびっくりされたり、なんでなれなれしくしてくるの、という警戒心を抱かせてしまうことになります。それが、無視、反発となります。

となると、見知らぬ人への挨拶が気持ちのよい挨拶返しをもたらすのは、予想や警戒心とは無縁な状況の場合だと思います。登山道の1本道でのすれ違いの挨拶交換がその例かもしれません。

近隣の散歩道でのすれ違いでの挨拶はどうでしょうか。
警戒する必要のない人、たとえば、犬をつれた人や高齢者には、自然に挨拶をしている自分に今気がつきました。

挨拶は、相互的なものです。
お互いが同じような状況認識ができれば、挨拶をめぐっての緊張関係や無視、反発は発生しないのですが、状況認識がずれると、挨拶したほうからすると無視がしゃくにさわる、挨拶されたほうは、びっくりしたり、警戒心を持ってしまった自分に罪悪感をちょっぴり抱いてしまうようなことになります。
この微妙な心の動き、たかが挨拶、されど挨拶ですね。
 
● 挨拶で相手を元気にするコツ
やや長い余談から入ってしまいました。仲間を元気する挨拶の話に入ります。

見知らぬ人からのいきなりの挨拶には身構えてしまいますが、仲間ならおおかたの挨拶には誰しもポジティブに反応するはずです。それはひるがえってあなたを元気にします。

自分のポジティブな気持ちが相手をポジティブな気持ちにして、それがまた自分をよりポジティブにしてくれる、こうしたコミュニケーションをポジティブ・コミュニケーションと言います。
挨拶は、ポジティブ・コミュニケーションの入口で大事な役割を果たしていることになります。
入口ですから、まずは入ることが大事、そして、できるだけすんなりと入りたいものですね。そのためには、どうしたらよいのでしょうか。
 
● 相手も自分も元気にするための効果的な挨拶のコツ
ここでも、たかが挨拶、されど挨拶です。
結構、身につけるまでは、面倒な配慮と努力とが必要です。大事と思われるものを5つ挙げてみます。

①挨拶の頻度をやや多めに
ある小さい牛丼のお店に入ったときのことです。
ドアを開けると「いらっしゃいませ」席に着くと「いらっしゃいませ」、丼を持ってくると「お待ちどうさま」、レジでは「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしてます。」
これを一組のお客に言うのですから、お客が5組もくると、しかも、店員さんが全員で言うわけですから、その凄さ、まさに挨拶騒音でした。
いくら挨拶の頻度を多めにといっても、ここまでやるのは行き過ぎです。
ただ、一般にはやや挨拶が少ないのではないでしょうか。あなたの身の回りではいかがですか。そして、全体が、やや不機嫌な雰囲気がありませんか。それは、よくないですね、挨拶の頻度を少し多めにしてみることをすすめます。

②挨拶返しがなくとも、ひたすら挨拶
インテーネットで素敵な話を見つけましたので、紹介させてもらいます。
よくすれ違う人に挨拶をしたら、無視された。しゃくなので、すれ違うたび
に大声で挨拶することを繰り返した。何度かそうしたことが続いた。
あるとき、その人が待っていた。手紙とお菓子を黙って手渡してくれた。手紙には、「自分は、言語障害のため、あなたの挨拶に答えることができなかった。申し訳ない」と書かれてあった。
 挨拶の無視は気分が悪い、だから自分からは挨拶しない、いうのも痛いほどその気持ちは、わかります。でも、こういうこともあります。嫌味にならない程度に率先挨拶の方針でいきたいものです。
 挨拶しないー>気持ちが伝わらないー>不気味―>挨拶しない――――
というネガティブ・コミュニケーションに入り込んでしまったら、お互いに不幸ですね。

③心をこめる
ポジティブな気持ちがあれば、その表現は自然に表情に現れます。
いつもより大きな声、直立した姿勢、相手の顔に向けた安定した視線、そして、笑顔となって表出されます。
 したがって、心のこもっていない挨拶は、ただちに相手に見破られてしまいます。
挨拶にも儀礼的なものがありますから、いつもいつも「心をこめて」である必要はないのですが、やはり、こうした感情表現にも配慮したほうがよいと思います。

④タイミングを見計らう
 散歩していて一番厄介なのが、1本道で先方から同じように散歩をしている人が近づいてくるときです。
視線配りがなかなか面倒なのです。
じろじろ見るわけにもいかないし、かといって、見ないわけにもいかないし。ましてや、さて、挨拶はどうしようと考えたりすると、逃げ帰りたいような気持ちになってしまいます。そんな経験、ありませんか。

原則は、相手との距離120~360センチ、そして、視線があった瞬間。これが挨拶するタイミングだと思います。
120~360センチ。これは、見知らぬ相手との距離の取り方として適当とされているパーソナル・スペース論に基づくものです。
見知らぬ人がこの空間に入ってきたときは、瞬間的ですが、お互いに仲間になるのです。ですから、挨拶をしよう、しなければ、となるのです。

⑤多様な挨拶のレパートリを
挨拶は、声に出してするのが原則ですが、たとえば、エレベータに乗り込むときに見知らぬ先客がいる。こんなときに、いつものように大声で笑顔の挨拶というのはおかしいですね。
目礼、会釈くらいが適当です。これなら、一緒に乗っていて無言でもそれほど気まずい思いはしないはずです。 

TPO(time.place,occasion)に応じた挨拶の仕方もありますから、言葉の使い方も含めて挨拶のレパートリーを増やすことも必要です。

⑥挨拶の次も大事
挨拶は、ポジティブ・コミュニケーションの入口にすぎません。だから大事なのですが、しかし、入口にとどまったまま、というわけには普通はいきません。
「おはようございます」、相手も「おはようございます」。
これで双方だんまりでは、行きずりならともかく、知り合いどうしでは、まずい状況になります。
さらに中へとはいっていく、それもできれば、ポジティブ・コミュニケーションの方向へもっていくための手立ても必要です。
定番は時候の挨拶です。

あまりに定番になっているため、かつて失敗しまったことがあります。外は雨なのに、何気なしに「今日は天気がいいので」と定番挨拶をしてしまいました(笑)。
これはご愛嬌ですが、いきなり用件とはいきませんので、入口の挨拶と用件までの間をつなぐ、話題のレパートリーも豊かにしておきたいものです。
 ・誰もが知っている、関心のある時事ネタ
 ・共通の友人の楽しい話題
 ・自分の失敗談
 などなど


スポーツと怪我

2018-09-21 | 健康・スポーツ心理学
スポーツに怪我はつきもの。
後遺症が残す怪我、、
命を落とす怪我さえある。

常に能力以上の発揮を求められる、あるいはもとめるのだから、
当然といえば、当然。

最近は、レベルが全般的に上がったためか、
あるいは、オリンピックが近くなってきたためか、
ハラハラさせられる演技が多い。

コーチ、監督は、大変だとは思うが、
前途ある若者を怪我しないように最大限の配慮をしてやってほしい。