月刊「祭御宅(祭オタク)」

一番後を行くマツオタ月刊誌

237.大阪市止止呂支比売命神社安立七丁目だんじりの取り付けられたものと失ったもの(月刊「祭」2019.12.1号)

2019-12-02 19:47:00 | 屋台・だんじり・神輿-台車、骨組み、かけ声、楽器、担ぎ方-
大阪市若松神社(止止呂支比売命神社・とどろきひめじんじゃ)安立(あんりゅう)七丁目御座船だんじり
 このだんじり は、江戸末期につくられたと思われる船だんじりです。若松神社(アクセスなど)は住吉神社の鬼門の守りだそうで、御座船の人型として二つの珠をもつ竹之内宿禰が乗っているところは、祇園山鉾のような山車に人形を乗せる文化の名残のようにも思えます。
 昭和30年頃まで運行していたそうですが、現在は大阪歴史博物館(アクセスなど)で展示されています。



 江戸時代のものとはいえ、一切形を変えずにここまできたとは思えません。そこで、どこがかわったのかを観察していきましょう。
 
●付け加えられたもの
 船の横には梃子棒がついています。接続部は鉄をねじりボルトのようなもので止められていました。少なくとも接続部は後から作られたと考えられますし、梃子棒が後から取り付けられたとも考えられそうです。





         ↑
上の写真底辺中心部にあとからつけられたような穴が空いています。ここに下の写真の後梃子が差し込まれていたようです。彫刻を避けることもなく中心に穴が開いており、周囲をやはり現代的な方法で体枠取りしてあるので、これも後に利便性を考えて取り付けられたと思われます。
 
●なくなったものもある??
 この状態だと後ろからは太鼓が丸見えになります。この後部の空間には何があるのでしょうか。そこで、同じ博物館の船の模型を観察してみました。後には方向を調節する舵が北前船の模型にはついています。たしかに、おなじように舵をつけていると梃子棒はつけられません。


 




●つけられたもの、外されたもの
 運行がスムーズにできる梃子棒が取り付けられ、一方で水の上では重要な役割をしながらも、陸では無用となった舵は梃子棒の取り付けとともに失われたものと思われます。
 
 

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