月刊「祭御宅(祭オタク)」

一番後を行くマツオタ月刊誌

189.丹後の狛猫!?その理由(月刊「祭」2019.9月16号)

2019-09-17 10:26:12 | 民俗・信仰・文化-伝承・信仰-
●丹後の国の狛「猫」
 この写真を見てください。京丹後市金刀比羅神社内のとある摂社の狛「猫」です。親子猫は天保三年(1832)、右の猫は弘化三年(1846)につくられたそうです。なぜこのような狛猫が作られたのでしょうか。






●木島神社と丹後ちりめん
 上の写真の狛猫は、金刀比羅神社の木島神社の前にいます。




 山代国、現在の京都市より文政十三年(1830)に迎えられました。
 その神社は木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ アクセス)です。別名は「蚕の社」。渡来民族である秦氏ゆかりの神社で、「はた」をおる神社で養蚕業者や織物業者の信仰をあつめていました。
 そして、金刀比羅神社の氏子域を含む丹後地方は、丹後ちりめんと呼ばれる織物の名産地です。江戸初期ごろよりさかんになったとつたわっています。それに伴い養蚕業が発達したと言います。
 養蚕の神さまは金刀比羅神社以外にも招かれたようです。例えば下の写真のように三十八社神社(読み方は写真の下を)近くにもありました。


↑三十八社神社(はっせんさんじんじゃ・
アクセス)近くの養蚕の神が祀られる祠

↑三十八社神社前の畑。このあたりも元々は桑畑だったと聞きました。

このような養蚕の神社、養蚕の地域に狛猫が寄進されたことになります。なぜ猫を選んだのでしょうか。

●猫を選んだ理由
 養蚕、つまり蚕を飼っている時にその蚕を狙うのが、鼠です。その鼠を捕るのはご存知の通り猫です。養蚕業者はのきなみ猫を飼い始めました。
 養蚕業者にとって、まさしく猫は神の使いとなりました。



京丹後市 金刀比羅神社(アクセス)
4月9・10日  春季大祭
7月9・10日  夏季大祭
10月   10日  例  祭
第2日曜  神輿渡御祭(長浜曳山を思わせる芸屋台、祇園祭の山に通じる松を乗せた引き屋台が出ます。かつては、鉾に通じるものもでていました。)
2019年9月8日は狛猫祭があったそうです。

三十八社神社(アクセス)
祭礼日敬老の日前の日曜日。

参考サイト

謝辞
 このお話は立ち寄った三十八社神社で、聞かせていただいた話をもとに書きました。祭をしていて、その酒宴の場にもご一緒させていただきました。厚く御礼申し上げます。


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