保津川下りの船頭さん

うわさの船頭「はっちん」が保津川下りの最新情報や、京都・亀岡の観光案内など、とっておきの情報をお届けします。

芸能人も参詣する「車折神社」

2009-05-16 20:51:51 | シリーズ・京都を歩く
明日17日に嵐山の大堰川一帯で行われる「三船祭」

この祭の祭神・清原頼業公がお鎮まり下さる‘社’があるのが嵯峨にある「車折神社」です。

「車折」・・・と書いて「くるまざき」と読みます。

もともとこの地が死後に人の罪を裁く五道の冥官の霊地といわれ
社前を通る牛車の轅(ながえ)が折れ、牛も倒れるという現象があったことに由来し、
鎌倉時代前期に後嵯峨天皇が嵐山の大堰川に御行幸されていた時もこの社の前で
牛車の轅が折れたことから、朝廷から「車折大明神」の御神号が贈られました。

三船祭が行われる大堰川との縁は、昔から大洪水で毎年大きな被害が出る大堰川
の復旧工事に当たっていたのが頼業公の子孫一族であった事から境内に
水の神様を祭り治水を祈願したことに由来しています。

車折神社には通称「らんでん」京福電鉄の「車折神社駅」を降りるとすぐです。
駅の外枠が神社の色・朱色に塗られているのも面白いです。

駅の改札正面から参道が続きます。神社なので、参拝客でなくても通行は自由。
参道は表玄関の三条通りまで続き、近所の人が通勤・通学や買い物へ行くのに使っています。

参道を進み、最初の鳥居をくぐるまでに「清めの社」と呼ばれる祠がありました。
「お清めの塩盛」が石で作られていました。直径1m30cmくらいある円錐です。この祠はどんな意味があるのでしょう?

この神社には「祈念神石」といって手に境内の石を持ち、願い事を祈願し奉納する
古い風習が残っています。
商売繁盛や金融、受験にご利益があるといわれて、願い事が書かれている石が
うず高く積まれていました。江戸時代の中期頃に流行し定着したそうです。

また、このこの神社は「芸能の神様」でも有名です。祭神の「天宇受売命(あめのうずめのみこと)には太秦の映画関係者たちが多く参詣していたことが始まりで
今では京都を訪れた俳優さんや歌手などの芸能人が必ず参拝する神社になりました。
境内にある「芸能神社」には芸能人の写真やステッカーシールなどがところ狭しと貼られています。

境内一帯には「芸名」や「劇団」「バンドグループ」などの名称を記した朱塗りの玉垣がぎっしりと奉納されています。その数2000枚以上!これは圧巻です。

おっ!里見浩太郎さんの玉垣発見!その隣は…EXILEのATSUSHIにMAKIDAI、氷室京介さまも!
その他、多くの有名芸能人の名前を発見しました。
「今度来た時は誰の玉垣が増えているかな~」というのも車折神社を参拝する楽しみの一つですね。

☆車折神社
場所:京都市右京区嵯峨朝日町23
参拝時間:24時間・年内無休 参拝無料
社務所:8:30~17:30
交通:京福電鉄・車折神社駅 徒歩すぐ。
   JR嵯峨嵐山駅 徒歩15分。
   市バス・車折神社前バス停 徒歩すぐ。
   京都バス 車折神社前バス停 徒歩すぐ。






17日(日)は大堰川(保津川)一帯で「三船祭」が催されます。

2009-05-15 21:56:50 | 京都情報
明後日17日の日曜日、京都嵐山・大堰川(保津川)一帯で
平安時代の舟遊びを再現した祭である「三船祭」が催されます。

三船祭は平安時代(898)宇多法皇が嵐山大堰川に竜頭の船を浮かべて
詩歌管弦を興じたことに由来する祭で、毎年5月の第3日曜日に
祭神である車折神社の延長神事として催されています。

当日は、渡月橋上流の水面に竜頭、鵜首などの美しい飾りを施した華やかな舟が
多数浮かび、その舟上で平安時代の衣装に扮した人達が詩歌、管絃、舞楽など平安時代の遊びに興じます。

まるで平安絵巻から飛び出した様な風雅な祭に、毎年、渡月橋周辺には
約10万人の拝観者が訪れる‘水’の祭りです。

昔、大堰川はたびたびの大洪水で毎年のように大きな被害が出ていました。
その都度、復旧工事に当たっていたのが車折神社・祭神の清原頼業(よりなり)公
の子孫一族であった事から境内に水の神様を祭り治水を祈願したという由来を受け
昭和3年(1928)より始められました。


祭の奉納行事の一つである舟からの‘扇流し’は有名で、足利将軍が天龍寺へ参詣の際、お供の童子が
誤って川に落した扇の流れるさまに、なんともいえぬ優美さを感じ魅了され事が広まり、
その後、天龍寺参詣の度に、お供の人々が競って扇を川に流したという故事に由来しているそうです。

さすがは「花の御所」に象徴される室町文化、華やかなりし時代。
なんとも優雅な美意識ですね。

扇流しは本物の美しい扇を流されるので、嵐山通船さんの貸しボートなどに
乗れば幾らでも拾い上げることもできます。

とても優美な模様が描かれた値打ちものの扇ですよ。


また、正午12時頃に亀岡を出航する保津川下りの舟に乗船いただくと
ちょうど三船祭の華やかな風景が舟上でご覧になれるかもしれませんよ!


☆「三船祭」スケジュール
 
 正午    車折神社において「おでまし式」
  
 午後1時   神幸行列神社御出門、三条通を西へ向い渡月橋を
         渡って嵐山中の島公園剣先に到着。
  
 午後1時40分 中の島公園剣先において神儀が御座船に御乗船。
  
 午後2時頃  御座船を先頭に龍頭船、鵜首船以下各供奉船が
         順次発船、この間御座船に対して龍頭船を先頭に
         各供奉船は奉納行事を行いつつ、
         大堰川(おおいかわ)を舟遊します。
 午後4時頃  神儀が北のりば付近に御上陸の後、車折神社
         嵐山頓宮に入御、祭事を了えます。




保津川乗船場の桜で‘ミツバチの巣分かれ’を発見!!

2009-05-13 23:24:40 | 船頭
保津川遊船乗船場の桜の木の枝に謎の物体が引っ掛かった状態で
垂れ下がっているの発見!

近くに寄り、よく目を凝らして見て見るとそれは・・・蜂の塊です!
ニホンミツバチと呼ばれる種類の蜂たちが桜の枝にかたまっているのです。


数千匹はいるであろう働き蜂が密集し、直径10cm弱、長さ15cmほどの
反楕円の球状の塊が出来ています。これはミツバチの巣なのでしょうか?

ミツバチの生態に詳しい船頭仲間に聞いたところによると、これは巣ではなく、
「分蜂蜂球」と呼ばれるもので、新たな女王蜂が誕生した時に働き蜂が
作る擬似「巣」だそうです。

蜂は新たな女王蜂が誕生すると「巣分かれ(分蜂)」を起こし、その女王蜂が
働き蜂を引き連れ巣を出て、新たな巣を探す旅にでるそうです。
この際、働き蜂が新しい住まいが見つかるまでの間、文字どおり身体を
張って女王蜂を外敵から守りながら採蜜活動に飛び回る間に出来るものです

さすがにこのまま、この場に住まわす訳にもいかず、養蜂業を営む人に
来て貰い、捕獲することに。

高さ3m程の枝にある蜂球へ脚立を伸ばし、蜂球ごと巣箱に取り込もうという方法です。
顔を保護するマスクのみ、手は軍手だけ・・・これほどの軽装備で大丈夫なのか?
心配するギャラリーをよそに、慣れた手付きで蜂球へ直に手を伸ばし、指先と
手のひらで掛け込むようにして巣箱の中へ入れてしまいました。

お見事! でも働き蜂たちが回りを飛び回っている姿がご覧頂けますか?
擬似「巣」とはいえ、女王蜂を拉致られたのです!かなりパニックを
起しているのがわかります。
ミツバチでも、刺されれば患部が腫れ上がり大変なことになりますが、
どこにも刺された形跡は見当たりません。さすがですね~

しかし「蜂騒動はこれにて一件落着~」とはいかなかったのです!

蜜を集めに飛び回っていた働き蜂が帰ってきて、元の蜂球があった場所に
再び集まりだしたのです。
まだ女王蜂がいると思っているのか?それともパニックを起し集まっているのか?
再び蜂球を作り出したのです。

帯状だった塊は二つに分かれ、だんだんと元の球状を模ってきました。

再びビーハンターの登場です。先ほど捕獲用に使用した巣箱は開けるわけにいかないので、そこら辺にあったダンボール箱を利用し、再び捕獲が始まりました。
今度はシュロの皮をハケ変わりに使い、枝にへばり付いた蜂たちを次々と箱の中へ入れていかれました。

ハケで拭われた蜂たちが落ちていくのが写真からもわかります。

今回のようなミツバチの「分蜂蜂球」を目の当たりにしたのは初めての体験でしたが、
なんとも奇妙な現象に遭遇し、あらためて自然の凄さと不思議さを感じさせて貰った貴重な観察体験でした。

自然が残る保津川。やはりここは‘地上の楽園’なのかもしれませんね。

皐月の保津川下り、晩春の渓谷を行く。

2009-05-11 23:51:20 | 船頭
初夏の日を思わせるような暑い日差しが照りつける中、一艘の舟が高い水しぶきを
上げながら保津峡の急流を下っていきます。

新緑が萌え、若々しいエネルギーが満ち満ちている今の保津川。


渓谷には薄紅色したヤマツツジが岩場を彩り、訪れる人の目を楽しませてくれています。

渓谷を渡る涼やかな風をいっぱいに浴びて、爽快な川下りをお楽しみ下さい。

保津川上流に‘謎の漂流舟’が出現!

2009-05-10 22:16:41 | 船頭
昨日、乗船場に出勤してみると上流の中洲に見慣れない‘謎の舟’が・・・

見たところ、どうも川漁に使用する小舟のようです。

しかし・・・操船している人はどこにも見当たりません。

まさか・・・ゴーストシップでは・・・?

どうやら先日の雨で増水した時に上流のどこかの岸から漂流し、
中州に流れ着いたのでしょう。

このままにしていては、舟が再び漂流し出し、川下りの航路に侵入する
恐れもあります。

早速、我々の舟で回収作業に掛かることになりました。

遊船の舟が‘謎の漂流舟’目指し係留場から出動しました!保津川上りです~

回収舟は漂流舟の上流に回り込み、接近し状態を確認してから回収作業に入ります。


竿を差していた船頭が川へ飛び込み、漂流舟へアタック!

舟を動かし起してみると・・・なんと!舟底にぽっかり大きな穴が空いていました。

このような状態であると、舟に乗り移り、竿を差して操船することは不可能です。

まずは舟を横にして舳先をロープで結び引っ張って行くしか手はない様です。
しかし、あの破損状態では浮かべて引っ張ることは無理・・・
沈むことを覚悟で引きずっていくしかないと判断。
強引な力技は我々船頭の専売特許!沈んでいく舟を回収舟が引きずって
行きました。まるで嫌がる犬を無理やり引っ張っていくような感じです。

漂流舟は舳先だけを残し、胴体部は殆ど沈んでしまいました。

そして、回収舟に引きずられながら係留場へ消えていきました。

でも、あの漂流舟、いったいどこからやって来たのでしょうか?

遊船事務所に伺ってみましたが「まだどこから流れてきたもか、また持ち主に
ついても未定」とのことでした。

保津川には増水後、いろんなゴミが流れてきます。
5年前の台風23号がもたらした大洪水で車が流れていったのを見たという
目撃証言もありましたが、舟が漂着したのは初めて見ました。

もう少し下流に流れていて、渓谷内に達していなくてよかったです。

個人的には、あの舟がゴーストシップでなくてよかった、と思っています・・・

嵐山に‘和太鼓’が響き渡る「嵐峡フェスティバル2009」

2009-05-09 20:04:16 | 京都情報
今日、京都嵐山の大堰川(保津川)で「嵐峡フェスティバル2009」
という船上音楽祭が開催されていました。

この船上音楽祭は、嵐山観光の促進事業の一環として嵐山通船(株)や京都造形大学
などと協同して、地元のボランティア組織「京都嵐山・嵐峡フェスティバル実行委員会」が主催となって開催されるものです。

嵐山の自然をステージとして、大堰川の水上に設置した船上舞台の上で、
和太鼓やフォークなどの音楽演奏や演舞を披露し、嵐山通船の屋形船に
乗船しながら鑑賞するという風流なイベントです。

私が嵐山を通過するとき、ちょうど「和太鼓・悳炎(しんえん)」の演奏の
真っ最中でした。
しかも演奏の舞台となっていたのは水上舟舞台ではなく、川畔の岩場を舞台に
太鼓を配置して演奏するという大自然でのパフォーマンス。


和太鼓を叩く撥(バチ)が奏でる音と気合の入った掛け声が、嵐山の山々に
こだまし水面の振動と共鳴するが如く響き渡ります。

和太鼓の響きには心を高揚させる躍動感と神々しい荘厳さという
相反する感情を沸き起こさせる独特の音楽ですね。

古くは日本神話にも演奏シーンが登場したり、戦国時代には陣太鼓という自軍を
統制する為の道具に活用したそうなので、和太鼓の響きは日本人の
深層心理の中に深く刻まれた音なのかもしれませんね。

また、和太鼓の重低音の響きは赤ちゃんが母親の胎内にいた時に聞いた
鼓動の音に近いともいわれ、生まれたばかりの赤ちゃんが和太鼓がドンドンと
鳴り響いている所でもスヤスヤと眠りにつけるそうなのです。
そういえば、どこか懐かしい、ホッとする響きでもあるような~

この嵐山を舞台に行われる「嵐峡フェスティバル」は5年前から開かれていますが、岩場のステージでの和太鼓演奏とは初めての遭遇でした。
大自然のバックに演奏される和太鼓のパフォーマンス、本当にカッコよかった!

思わず、櫂を漕ぐ手を休めてしばらく聞き惚れてしまいました。

明日も舟舞台の上でフォークソングの演奏が行われます。


また、大堰川周辺に、伝統工芸品や学生の製作した作品を展示・販売する
「屋台村」を設営し、伝統産業の担い手と学生等のコラボレーションによる
新たな文化創造を模索する企画も進められます。
嵐山にお越しの際には是非、立ち寄ってみるのも面白いと思いますよ。

楽天・野村克也監督のお話・・・聴いてきました。

2009-05-08 00:32:46 | 船頭
GWも終わり、ハードだった仕事も一段落。

今日は久しぶりの休日を利用して、プロ野球楽天の野村克也監督の
『トーク』を拝聴しに行ってまいりました。

野村監督は前衆議院議員の「田中ひでおさんを励ます会」の特別講演者として
只今、首位を走る多忙なシーズン戦の合間を縫って東京から、わざわざ
京都駅横にある「ホテル・グランヴィア」まで、会を盛り上げるべく
駆けつけて下さったのです。

野村監督の魅力といえば現役時代の偉大な成績はもちろんですが、職人気質な
野球への姿勢や野球理論、そして組織のあり方までを含む野村イズムにあります。

その理論の正しさは、弱小チームだった南海の黄金期を築き、その後
ヤクルトを日本一へと導き、今、また楽天を強い球団に育てている
実績にもあらわれています。

そしてなにより朴訥とした飾らない人柄にも好感がもてます。

トークの中では世間知らずの野球選手をまとめる監督という仕事の苦労や
オーナーや球団サイドとの駆け引き、伝統のある球団独特の取り巻きとの
確執などについて、実名を登場させ得意のぼやきとユーモアーを交え
お話下さいました。

その中でも楽天の監督になるきっかけの話では
「オーナの三木谷氏が『野村さんの野球解説や新聞での解説記事を読み、この人に
野球を教えて欲しいと思いお願いに上がった』と言って下さった時、どのような
小さな仕事でも与えられた事をしっかりしていればいい」

「無理にゴマをすったり、自己顕示欲を出し目立とうしなくても
小さな仕事でも『人は必ず見てていてくれる』それが新たな
人生のチャンスを生むと確信した」と仰った言葉には
王さんや長島さんという当時のスーパースターの影に隠れながらも
二人に引けを取らない成績と監督として実績を残されている
野村監督ならではの説得力を感じました。

また「人は一人では生きていけない」と人生哲学にも触れ、
「人は少し成功すると己の力だけで成せた事と過信し、それまで人から
受けた恩や義理を忘れることが多いが、その後を見ると殆どの者が
上手くいっていない」とこれまで出会った幾人かの選手を例に出し、
今の世間の風潮を憂いてられました。

とにかく、これまでも、今も、あくの強い野球選手たちばかりの組織を
まとめてられる野村監督の話は逐一納得するものばかりでした。

時代は移り変わろうとも‘人’として変わってはいけない心情もある。

政治にしろ、野球にしろ、受けた恩や義理を忘れることなく、
それぞれ与えられた仕事に信念をもって行うことの大事さを
改めて教えてもらった気がしました。



「紫」が優雅さをかもし出す保津峡の‘藤’

2009-05-05 20:57:49 | 保津川下り案内
新緑まぶしい保津峡に今、藤の花が見ごろとなっています。

若いいのちの息吹を感じる緑色の山々の中に、薄紫色の花の房が
垂れ下がる姿はこの季節独特の優雅さをかもし出しています。

藤の優雅さはその花の形というより「色」にあると思います。
「紫」という色は高貴さを連想させる色です。
藤は「紫」という花の色が優雅と高貴さを際出させるのであって、
これが他の色だったらこれほどの雅な雰囲気はでないでしょう。

その視点で眺めてみると「藤ほど京都が似合う花はない」とすら思えてきます。


この栄華の極みともいえる平安王朝はまさに藤の時代でした

「この世うば我がの世とぞおもう…」とまで詠ったのは「藤原道長」
彼の姓の頭文字が「藤」だったということも「藤」の優雅さと
無縁ではないでしょう。
道長が栄を極めた平安の世は「王候貴族文化華やかなりし」時代で
‘優雅な京の都’の創成期でもありました。
その頭文字の藤の花の色である「紫」に優雅さと高貴さを見るのは
自然な感情だと思えます。

そしてこの時代を代表する「源氏物語」著者のペンネームはご存知の通り
紫式部で、作品の中には藤壺という女性が‘美の象徴’として描かれている
ことをみても、藤の花の色「紫」が当時の人々の美意識に深く結びついて
いったことが想像できると思うのです。

また藤原氏の流れを汲む姓の「内藤」「佐藤」「加藤」「伊藤」
などの家柄の方の家紋は「下がり藤」など「藤」の紋であることも
高貴さを表現しようとしたのではないでしょうか。

古の都人にとって「紫」は「藤原氏」を連想される藤の花の色で、
王侯貴族文化の「優雅さと高貴さ」を象徴する色でもあったといえるでしょう。


野趣に富む自然がひろがる保津峡ですが、藤の花が咲くこの時期だけは
雅な京都の雰囲気を味わうことができます。

優雅で気品ある藤の花を眺めながら、自然の中に‘京都’を感じていませんか?

保津川下りはGW最高の人出となりました。

2009-05-04 22:19:16 | 船頭
今日は心配された雨も降ることなく、薄曇りの空の下
涼しく心地いい風が吹く行楽日和の一日となりましたね。

昨日予想したとおり、今日は今年一番の人出となり、計115艘の舟が
嵐山まで流れて行きました。

心配された乗船場での混雑もなく順調な配船となった模様です。

私も今日は嵐山の渡月橋を3回も渡ってまいりました。

嵐山・渡月橋の下流部の河原には、川から吹く涼やかな風をうけ
楽しく語らうカップルや家族連れの姿も多く見られました。

穏やかでのんびりした京都の風景がここにもあります。


さて、そんな雰囲気に浸っている余裕のない私。
5月に入り早8回も保津川を下った上に、操船中は前後の舟と激しい
デットヒートを繰り広げる場面などもありさすがに疲れも溜まってきました。

特に肩と肘の辺りに痛みが感じられますが、連休は明日以降も続き、
まだ日に2回は下らねばならないでしょう。

明日の5日(こどもの日)は予約が19艘で天候も今日と似たような感じでしょうか。

明日も待ち時間なく乗船して頂けると思います。

もう一頑張りですね~

GW後半へ突入!保津川も今年一番の賑わいへ。

2009-05-03 23:35:16 | 保津川下り案内
今日からGW後半、京都も暖かい日差しが照る行楽日和に恵まれ、
保津川下りも今年最高の賑わいをみせ、計109艘の舟が流れました。

不景気ど真ん中でのGW、また新型インフルエンザの世界的な拡大という
大きな不安要素を抱えた状況での休日でしたが、終わってみれば昨年度と
同数の流船数を維持することができました。

このGWは今年度の観光動向を探る上で貴重な休日と位置付けていたこともあり、
今日の結果には十分満足できるもので、少し安堵もしました。

お越しくださったお客さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。

明日4日は「みどりの日」です。
この日は毎年、GW中でも最も忙しい日になります。
予約も22隻と少なく調整し、当日お越し下さるお客さんに対応できる
体制を整えてお待ちしております。

とはいえ、場合によってはトロッコ列車のお客さんがお越しなると
混雑することもありますので、朝9~11時頃までに乗船場にお越し下さる
ことをオススメします。さほど待ち時間なく乗船して頂けるでしょう。

また、トロッコ列車が満席で乗車できなかった場合は、JR嵯峨嵐山駅から
園部または亀岡方面行きの電車に乗車下さり、JR亀岡駅で下車、駅北口から
徒歩5分ほどで保津川下り乗船場までお越し頂けます。

明日は天気が少し下り坂に向かうとの予報もださていますが、
大きな崩れもない模様です。

GWの思い出を、是非、保津川下りで!

皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。