トリップ
三回 「音の旅」 鷺

『ジャンヌの肖像』=モディリアーニ
ー作者が誰なのか? モデルは誰なのか? いつ描かれたのか? 全ての分析は無意味に。ただ対峙するだけで、女はあなたに近づいてくるー
月に一回は旅行をする。訪れるのは小さな村だ。村も宿もいつも同じ。僕は都会での生活のコピーを村で行っているだけのことかもしれない。
ショルダーバッグの中に旅の準備は全て入っている。午前0時発だからそろそろ出かけなければならない。「やめろ」。不意に誰かが耳元で囁く。「部屋にいる方が安全だよ」
僕は商店街を通り抜ける。全ての店がシャッターを下ろして押し黙っている。一月の風は冷たい。「やめろ」。声はまだ続いている。改札機にICカードを当てる時、声はもっと大きくなる。僕は耳を両手でふさいでホームへの階段を上がった。
ホームには誰もいない。青い車体の列車は到着していた。一両だけで、とても古い列車だ。運転席に誰もいない。僕は列車に乗り込む。いつものように誰も乗っていない。車窓から見るホームの時計の短針と長針がやがて12で重なる。午前0時というのは不思議な時間だ。今日の終わりで明日の始まり。列車はゴトンと揺れて動き始めた。
僕は旅の途中で眠らないと決めている。どこか、知らない場所に、それも帰ってこれない場所に連れて行かれるような気がするからだ。でも、いつも眠りに落ちてしまう。
「申し訳ありません。切符を拝見します」
車掌が立っていた。彼は白い帽子を目深に被っていた。今まで改札に来たことはなかった。降りる駅には自動改札はなかったが、代わりに箱形の検札器があった。僕はICカードを示した。
「困りましたねぇ。現金で精算を願いたいのですが」
車掌は鳥みたいに両手をパタパタと羽ばたかせた。二千円で足りないのは分かっている。ICカードを財布にしまって黙っていることにした。「詐欺だ」。車掌の格好をして騙そうとしている。気がつくと車掌の姿は消えていた。列車は停まっている。プラットホームに鷺が一羽歩いていた。「やっぱり詐欺だ」。鷺は羽ばたき、空に消えた。鷺の消えた空を眺めると、無数の星空だった。列車はゴトンと揺れて動き始めた。
星空が続き、いつの間にか月が道連れになった。僕はまた眠りに落ちていった。
三回 「音の旅」 鷺

『ジャンヌの肖像』=モディリアーニ
ー作者が誰なのか? モデルは誰なのか? いつ描かれたのか? 全ての分析は無意味に。ただ対峙するだけで、女はあなたに近づいてくるー
月に一回は旅行をする。訪れるのは小さな村だ。村も宿もいつも同じ。僕は都会での生活のコピーを村で行っているだけのことかもしれない。
ショルダーバッグの中に旅の準備は全て入っている。午前0時発だからそろそろ出かけなければならない。「やめろ」。不意に誰かが耳元で囁く。「部屋にいる方が安全だよ」
僕は商店街を通り抜ける。全ての店がシャッターを下ろして押し黙っている。一月の風は冷たい。「やめろ」。声はまだ続いている。改札機にICカードを当てる時、声はもっと大きくなる。僕は耳を両手でふさいでホームへの階段を上がった。
ホームには誰もいない。青い車体の列車は到着していた。一両だけで、とても古い列車だ。運転席に誰もいない。僕は列車に乗り込む。いつものように誰も乗っていない。車窓から見るホームの時計の短針と長針がやがて12で重なる。午前0時というのは不思議な時間だ。今日の終わりで明日の始まり。列車はゴトンと揺れて動き始めた。
僕は旅の途中で眠らないと決めている。どこか、知らない場所に、それも帰ってこれない場所に連れて行かれるような気がするからだ。でも、いつも眠りに落ちてしまう。
「申し訳ありません。切符を拝見します」
車掌が立っていた。彼は白い帽子を目深に被っていた。今まで改札に来たことはなかった。降りる駅には自動改札はなかったが、代わりに箱形の検札器があった。僕はICカードを示した。
「困りましたねぇ。現金で精算を願いたいのですが」
車掌は鳥みたいに両手をパタパタと羽ばたかせた。二千円で足りないのは分かっている。ICカードを財布にしまって黙っていることにした。「詐欺だ」。車掌の格好をして騙そうとしている。気がつくと車掌の姿は消えていた。列車は停まっている。プラットホームに鷺が一羽歩いていた。「やっぱり詐欺だ」。鷺は羽ばたき、空に消えた。鷺の消えた空を眺めると、無数の星空だった。列車はゴトンと揺れて動き始めた。
星空が続き、いつの間にか月が道連れになった。僕はまた眠りに落ちていった。