連載小説 トリップ 六回 音の旅 「M美術館」
『ジャンヌの肖像』=モディリアーニ
ー作者が誰なのか? モデルは誰なのか? いつ描かれたのか? 全ての分析は無意味に。ただ対峙するだけで、女はあなたに近づいてくるー
この店でカードは使えるのだろうか? 僕はおずおずとカードを出した。店主はちらっとカードに目をやった。そしてカードを僕に返した。
「ホテルに回しておくよ」
僕はほっとした。僕は余所者で、この町にはホテルは一軒しかないのだろう。
「百円玉で千円、貸していただけないですか?」
僕は勇気を出して言った。小銭が必要だった。主人は何も言わずに釣銭トレーに小銭を落とした。僕はコインをポケットに入れて店を出た。
雪が風に舞っている。風花というのだろうか。少しも寒くなかった。道端にM美術館の案内板↑があった。小径を辿るといつの間にか森の中に入って行った。道には枯れ葉が厚く積もっていた。ピューと風が吹く度に枯れ葉が舞い落ちた。
小径の行き着く先にM美術館があった。今、何時だろう? 時計を持たない僕には分からない。閉まっていれば引き返せばよい。旅の日数は決まっていないのだから。
僕は古い木製のドアを押した。
エントランスホールには誰もいなかった。カウンターに置かれた木箱に入館料二百円と書いてあった。僕は百円玉を二つ落とした。
展示室は一つだけで、Mの作品が並んでいる。Mを紹介するパネルには、喘息の転地療法でこの町にいたこと。この町で三十五才で病死したことが簡単に書いてある。作品は殆どが都会の風景画でこの町の風景ではなかった。一枚だけ人物画があるがモディリアーニの模写である。僕はその絵に会いにやって来たのだ。しかし、絵はなかった。代わりに一枚の張り紙があった。
ーモディリアーニの模写(ジャンヌの肖像)は書庫にありますー
展示室の奥にドアがある。ノブを回したが、鍵がかかっていた。その時、ドアの向こうでピアノの音がした。ノックすると、ピタリと音は止んだ。ピアノの音は部屋の静謐を呼び覚ましたようだった。僕の気配もその静けさの中に溶けて消えてしまった。引き返すしかなかった。
運河を下って行くと君は海に出るはずだ。そこで直線が切れるように町は終わる。振り返ると高台にある白い小さなホテルに君は気づくだろう。
『ジャンヌの肖像』=モディリアーニ
ー作者が誰なのか? モデルは誰なのか? いつ描かれたのか? 全ての分析は無意味に。ただ対峙するだけで、女はあなたに近づいてくるー
この店でカードは使えるのだろうか? 僕はおずおずとカードを出した。店主はちらっとカードに目をやった。そしてカードを僕に返した。
「ホテルに回しておくよ」
僕はほっとした。僕は余所者で、この町にはホテルは一軒しかないのだろう。
「百円玉で千円、貸していただけないですか?」
僕は勇気を出して言った。小銭が必要だった。主人は何も言わずに釣銭トレーに小銭を落とした。僕はコインをポケットに入れて店を出た。
雪が風に舞っている。風花というのだろうか。少しも寒くなかった。道端にM美術館の案内板↑があった。小径を辿るといつの間にか森の中に入って行った。道には枯れ葉が厚く積もっていた。ピューと風が吹く度に枯れ葉が舞い落ちた。
小径の行き着く先にM美術館があった。今、何時だろう? 時計を持たない僕には分からない。閉まっていれば引き返せばよい。旅の日数は決まっていないのだから。
僕は古い木製のドアを押した。
エントランスホールには誰もいなかった。カウンターに置かれた木箱に入館料二百円と書いてあった。僕は百円玉を二つ落とした。
展示室は一つだけで、Mの作品が並んでいる。Mを紹介するパネルには、喘息の転地療法でこの町にいたこと。この町で三十五才で病死したことが簡単に書いてある。作品は殆どが都会の風景画でこの町の風景ではなかった。一枚だけ人物画があるがモディリアーニの模写である。僕はその絵に会いにやって来たのだ。しかし、絵はなかった。代わりに一枚の張り紙があった。
ーモディリアーニの模写(ジャンヌの肖像)は書庫にありますー
展示室の奥にドアがある。ノブを回したが、鍵がかかっていた。その時、ドアの向こうでピアノの音がした。ノックすると、ピタリと音は止んだ。ピアノの音は部屋の静謐を呼び覚ましたようだった。僕の気配もその静けさの中に溶けて消えてしまった。引き返すしかなかった。
運河を下って行くと君は海に出るはずだ。そこで直線が切れるように町は終わる。振り返ると高台にある白い小さなホテルに君は気づくだろう。