創作日記&作品集

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連載小説 トリップ 七回 音の旅 「海」

2014-01-21 15:41:28 | 創作日記
連載小説 トリップ 七回 音の旅 「海」

 『ジャンヌの肖像』=モディリアーニ

ー作者が誰なのか? モデルは誰なのか? いつ描かれたのか? 全ての分析は無意味に。ただ対峙するだけで、女はあなたに近づいてくるー

 砂浜に出た。腰を下ろして海を見ていた。静かな海だった。この町を飲み込んだ津波を想像出来ない。海岸線の遙か向こうに見える建物は原発だ。蜃気楼のように浮かんでいる。 放射能は見えない霧になってこの町に降り注いだ。町は無人になり、誰も帰ってこなかった。今町に住んでいるのは、それを承知でこの町にやって来た人々だ。
 僕は砂を払って立ち上がった。波打ち際まで歩いた。砂浜には誰もいない。打ち寄せる波だけが時を刻んでいた。小さな蟹が忙しげに歩き、波にさらわれ消えた。真っ直ぐに歩けば泳げない僕は溺れて死ぬだろう。そうしても良いような気になった。誰も数秒前まで津波に飲まれて死ぬとは思っていなかった。不意に目の前の海が盛り上がり、僕をめがけて襲ってきた。僕は両手を広げてそれを待った。しかし、波は僕の足先を洗って静かに引き返して行った。
 僕は足跡を辿るように引き返した。また、腰を下ろし海を見ていた。冬の海は暗い。僕の視界で動くのは鳥だけだった。空に消え、海に消え、何度も同じことを繰り返していた。同じ鳥ではないだろうけど、僕には同じ鳥に見えた。