文学界12月号 連載11回。なぜ真鶴か。「東京には生活がある。生活に、かくれることができる。真鶴には何もない。」続けて、「何もないが、みんなある。」と書かなかったところがいい。読みなれた川上弘美作品と何かが違う。どこへ行くのだろう。「かくれることができる」と、ひらがなで綴っている。ひらがなが美しい、近頃、ワープロで変換された文章をそのまま使っているような作家が多いように思う。(シシリエンヌはその典型?)。ワープロで文章を書く弊害があるとすればそれだけだと思う。安部公房は確か「ワープロは推敲する機械だ」だと言っていた。自戒も含めて、「書けない字は使わない」
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