ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2016.11.17 戻ってきた喪中欠礼状に思うこと

2016-11-17 21:10:03 | 日記
 喪中欠礼状が届き始めている。
 友人のお父様やお母様の訃報を見るにつけ、ああ、我が家と同い年だったのかとか、随分お若かったのだなとか、思うことが多い。一度でもお目にかかったことがあれば尚更だ。

 亡くなったと記されている季節を見ながら、そろそろ諸々の手続きは終わったのだろうか、さぞ大変だっただろうな・・・、と自分が経験してみて初めて“親を送る”ということが子どもにとって一大事であることを痛感する(我が家はまだ片付いていない・・・)。

 さて、こちらが先日送付した喪中欠礼状が何枚か舞い戻ってきた。
 一人は一昨年引越しをしました、という先方から昨年頂いた賀状の文言を私が見落として住所変更をしていなかったもの。去年は転送されて手元に届けてもらえたということだ。
 お互い齢を重ね、両親を亡くしてもおかしくないことになっているので、喪中が交互に続いたりすると、あっという間に数年が過ぎてしまう。今後もこうしたことが起こるのだろうか。
 喪中欠礼状には引越し連絡等別のコメントを書くのはよろしくないということであればなおのこと、である。

 それと同時に、数十年来年賀状のやりとりを続けてきた恩師や職場の上司、先輩方、そのご家族から訃報のお返事が届いたりすることも増えてきた。

 昨日、高校時代3年間担任でお世話になったY先生にお出ししたものが戻ってきた。
 「この郵便物の受取人様は既に死亡しており、ご家族様より差出人様へ返送の旨の了解を得ておりますので、お返しいたします。」という郵便局からのメモの帯がついていた。息を呑んだ。

 先生は、確か母と同い年だったと思う。これまで頂いていた年賀状を見ると、一昨年には私の身体を心配してくださりながら、自分も少々怪しくなってきました、と書いておられた。昨年のものには「暮れに少し無理をして健康を害し・・・お身体とにかく大切に、最大限の治療を続けてください」とあった。
 実際にお目にかかったのは卒業25年の同窓会だったか、初発後ではあったが再発治療前のことだったと記憶している。

 独身でおられたから、もしや万が一のことがあったら・・・と案じてはいた。そうか。亡くなられたのか、とやはりショックを受けた。
 いつのことだったのだろう、と久しぶりに高校の同窓会のHPを見ると、10月下旬にお亡くなりになり、葬儀は親戚で済ませたという訃報が月曜日付けでアップされていた。まだ1ヶ月も経っていない。しばし黙祷した。

 こうして段々お世話になった方たちが一人、又一人と旅立たれていく。
 毎年「こうして貴女からの年賀状が届いて、ほっとしています」と書いてくださる恩師もおられる。
 そんな恩師の訃報に接し、お世話になった当時のことを思い出すにつけ、心がちりりと痛む。
 それでも順序が守れたのだ、と気持ちを立て直しつつ、これからも自分の人生をしっかり続けていかなければならないと思う秋の夜長である。

 壊れてしまったリビングのエアコンにようやく代替の新しいものが付いた。今日は夫が休んでくれて、無事工事が終了。これで風邪をひかずに冬を迎えられそうである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする