2017年1月2日(月)
義弟宅につれあいの一族が5家族20人ほども集まり、賑やかに正月を楽しんだ。僕はこの集まりでは婿という立場になるが、もう一人の年下の婿がメンタルヘルスのことなど質問してきて、あれこれ話が弾んだ。
「精神疾患の診断やストレスチェックにAIが使えるだろうか」という彼の質問には意表を突かれたが、案外面白いかもしれない。臨床家のとりあえずの反応として「機械に人の心が分かるか」「共感や洞察ができるものか」という反論は考えられるところで、僕自身とりあえずそう言うだろうけれど、近年のロボット技術の発展を見ていると案外わからない気がする。ミラーニューロンの知見なんぞを生かせば、ただ「フリをする」以上のことがいずれ可能になるかもしれない。少なくとも、そのようにプログラムされたAIシステムならば、共感に関心をもたないイイカゲンなヒトの治療者よりよほど当事者のニーズに応えるといった皮肉が、十分ありうるように思われる。せっかく医者にかかったのに、当の先生はコンピュータ画面ばかり見ていてついに視線が合わなかったという笑い話は、一般科ではだいぶ前から聞かれている。他科はいざ知らず精神科であってはならない話だが、あってはならないことだから実際に起きないとはいえないのが、現実というものである。
正月の空は澄んでいて、おあつらえ向きに雲一つない。帰途、西に傾く四日の月が、すばらしく明るい星を伴っている。金星、である。少し遅れて小さく赤い火星が後を追う。雰囲気だけでもここに掲げておこう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/77/7f/87565d5c226f5ceb298ad7db1ac0bf03_s.jpg)
そういえば、「月の裏側が見えない」ということが僕には長らく不思議であった。大して難しい理屈ではなく、月が地球を周回する際の公転周期が、月の自転周期とぴったり一致しているということで説明はつくのだが、それがなおさら不思議を増したのである。両者の間にほんの少しのズレがあっても、長い年月の間には見える面が少しずつ移動していくだろう。人類史の数千年間に12×数千回の公転をくり返しながら少しのズレも生じないとは、いかなる偶然の作用だろうかと思っていたのだ。
実は偶然ではないらしい。長い時間にわたる潮汐作用の結果として、月の公転周期と自転周期が同期するようになったのだという。特に珍しいことではなく、火星や木星の衛星たちにも、同様の同期作用が観察されているそうだ。火星の二つの衛星はその名をフォボスとダイモスと称し、ギリシア語でそれぞれ「恐れ」と「悪鬼」に由来する。『ガリバー旅行記』を書いたスウィフトが、両衛星について当時の天文学で知られていなかったはずのデータを作品に書き込んでおり、スウィフト先生誰に教わったか、火星人からではないかなどと本気で議論する向きがある。何しろ、知らないことはたくさんあるものだ。
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箱根駅伝が5区に入ったところで録画を仕掛けて出かけたので、帰宅してからゆっくりその後を確かめた。たいへんな熱戦で、首位の青山学院が抑えめの安全運転したのに対して2位の早稲田は下りで猛追し、時間差を33秒まで詰めた。中央学院大、駒澤大など次々に目覚ましいタイムが出てくる。中でもあっと驚いたのは上武大学主将の森田というランナー、順位争いに絡まなかったためか途中の快走にまったくカメラを向けなかったのは取材陣の大失態で、ゴール直前まで区間賞ペースの力走、惜しくも3秒差で賞を逸したものの母校の順位を16位から一気に8位まで押し上げた。そればかりではない。
襷を渡したランナーがその場に倒れ込む姿を見るにつけ、以前はただただ痛ましくけなげにも思ったものだが、桜美林時代に陸上競技専門のQ先生の説を聞いて少し印象が変わった。彼に言わせると、ひとえにモラルと訓練の不足だという。ゴールしたランナーがその場で倒れ込むと、本人がケガをする恐れがあるばかりでなく、後続のランナーにとって非常に危険である。襷を渡して仕事が終わりと思うから間違いなので、その後セーフティゾーンに移動するところまでがレースと心得、そこまで来たら安心して倒れるがよい。むろんレース当日だけそうせよというのは無理な話で、日頃からそのように体に覚えさせておくのが箱根駅伝クラスなら当然のマナーである、事実そのように指導が励行された一時期はずいぶん倒れ込みが減った、最近また悪弊が復活していると苦々しそうにQ先生は言ったのである。
なるほどそうかもしれない。それができないほど疲弊することも時にはあろうが、日頃から自分自身をしつけてあればそうバタバタいくものではない。襷を渡すまでは何が何でも倒れないというのはもっぱら身内への忠義、セーフティゾーンに移動するまで頑張るというのは他チームへの配慮だから、この微妙な違いに実はモラルの重要な問題が反映されている。そのように見ていると、必ずしも高順位のチームがきちんとしているとも限らないようである。
上武大の5区ランナーが爽やかだったというのはそのことである。堂々8位でゴールした後、バスタオルを手に駆け寄る係員を手で制し、振り返ってコースに深々一礼、それから踵を返して足どり軽く引き上げていった。アッパレである。翌日の復路でも、同大学の選手が同様にコースに一礼する姿を見たから、間違いなく日頃のしつけに違いない。そこまで終えて「完走」とわきまえていれば倒れ込むケースも減るだろうし、マナーとして気もちが良い。何より大事な「感謝」ということを形で表している。
上武大学は総合15位で、来年もまた予選会からの挑戦になる。これまでどこにあるかも知らなかった大学だが、来年の箱根も楽しみに応援しようと思っている。
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