散日拾遺

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アントニーとクレオパトラ

2015-08-19 14:10:49 | 日記

2015年8月19日(水)

 「文学は生きていくための実学」とは誰が言ったか、蓋し名言である。

 シェイクスピアが何の役に立つかって、大立ちだ。そこに出てくる名言・警句の類は日常生活を実に豊かにする。これは翻訳であっても、大して効果の減じないのが素晴らしい。

 たとえばこれ、

 「とかく悪い知らせは、持ってきたものに祟(たた)るものだ。」

 処世訓としても実に有用である。『アントニーとクレオパトラ』1幕3場で、クレオパトラと愛欲の日々を過ごすアントニーにローマから使者が来る。使者はアントニーの妻・ファルヴィアの訃報その他の重要な情報を携え、聞けばアントニーが帰国を決意せざるを得ないものである。そうと分かった時のアントニーの不快、それ以上にクレオパトラの逆上を恐れて使者の言うセリフがこれだが、日常生活で活用できる場面は実に多い。

 参考までに原文は、"The nature of bad news infects the teller." これを「悪い知らせはそれを伝える者にも伝播する」と訳した例があるが、ここは「祟る」と決めたい。『金枝篇』などの言う「感染呪術」を思わせる。何しろ金言である。

 で、その祟り方だが、実は1幕3場に現れる使者は、アントニーに不機嫌顔を見せられるぐらいで大したことになっていない。えらい目にあったのは、帰国したアントニーがシーザー(オクタヴィアヌス)の姉オクタヴィアと結婚したことを伝える使者のほうで、この件は2幕5場にある。

 使者 「女王陛下、あの方はオクタヴィア様と結婚したのです。」

 女王 「ひどい疫病がおまえに伝染(うつ)れ!」(使者を打ち据える)

 使者 「おお、堪忍してください。」

 女王 「何ということを言う?この悪党、おまえの目玉を鞠のように踏みつけてやる、髪を引きむしってやる、おまえのような奴は鉄線で鞭打ち、塩水でひりひり漬けて、ピクルスにしてやる。」

 使者 「私は知らせをもってきただけで、縁組させたわけではありません」

 女王 「嘘だとお言い、そしたらおまえに領地をやろう、たっぷり財産をやろう、分相応のものなら何でもやろう。」

 使者 「女王陛下、あの方は結婚しました。」

 女王 「悪党め、おまえは長生きしすぎた。」(ナイフを抜く)

 使者 「お暇致します、私は何も悪いことをしておりません・・・」

 

 悲劇は喜劇的であり、喜劇は悲劇的である。「悪党め、おまえは長生きしすぎた」という言葉を、次男はずいぶん前から思い出しては玩味していたらしい。こちらの原文は、"Rogue, thou hast lived too long." というのだそうだ。

 小田嶋先生はどう訳されたのかな?


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