2021年6月17日(木)
「すべてこうした俗世間につきものの醜い、忌まわしいことがらも決して無駄ではない。それらは日時が経つにつれ何かしら役だつものに変わっていくのだから ー 肥やしがやがて国土に変わっていくように。この地上に、その根源に醜いものをもたないような美しいものは何ひとつありえないのだ。」
チェーホフ『六号病棟』松下裕訳(岩波文庫、2009)
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生まれつき目の見えない女性がいる。
盲導犬との二人三脚に家族の協力もあって日常生活に支障なく、仕事のかたわら旺盛な好奇心のおもむくまま、生涯学習にも余念がない。
最近、マイナンバーカードを作ろうと思い立った。彼女のスマホから妹さんが申請してくれたが、どうしたことか三回続けて「写真の不備」で返ってきてしまった。埒があかないので電話で問い合わせると、「目があいていない」と指摘された。目があいていない・・・
「目が見えないことを説明して申請をお願いしました。機械で判断するので応用がきかないんでしょうね。」
「まだまだですねぇ」
「そう思います」
数日後、担当者から連絡あり、無事にカードは(当然ながら)作ってもらえることになった。
「目のあいていない他の人々はどうしているだろうか」と彼女が心配する。
「担当の方は、不愉快な思いをさせてしまってすみませんでした、と謝ってくれました。不愉快というより、まだまだ言わないとわかってもらえないのが残念なんです。」
そう言って、あらためて経過を教えてくれた。
インターネット申請に対して「不備」と通知が返ってくる。あわせて示された不備の内容は、
「笑顔等、平常時と著しく異なる表情、またはポージング等により被写体の身体の一部が写り込んでいるため受付できません。」というもの。
3回試みて3回同じ文面が送られて来、そこで妹さんが「目が開いてないということかもわからんなぁ」と気づいたという。
電話で用件を伝え終わった後で、
「機械は融通がきかないですよね」
というと一瞬、間(ま)があり、
「申し訳ありませんでした」
そのとき担当者は何をどう感じたのか、このことは然るべく申し送られたか、今後の改善につながるか。
「私の言った意味が理解できたかどうかはわからないですけどね。申請の判断はコンピューターがするんでしょうか?」
とぞ思いたるとや。
Ω