散日拾遺

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『ねじクロ』補足の補足

2014-07-10 06:59:50 | 日記
2014年7月9日(水)
 まったく厄介なものを読んでしまった。おかげで道を歩いていて、人の見え方が違ってしまう。
 この人は小じゃれた皮を着て歩いてるとか、この人の皮はだいぶくたびれてきてるとか、この人は皮が骨から浮き気味で剥がれやすそうだとか・・・

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 皮膚という器官の素晴らしさを「皮膚科学」の講義で痛感し、その思い出の中で「見えない心のバウンダリー」として「自我境界」を置いてみたらどうかと考えたり。
 ディディエ・アンジューの『皮膚自我』は、この10年間に読んだ本の中で最も触発的なもののひとつだった、等々。

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 「ロシア人の皮を剥ぐとタルタルが出てくる」という言い回しがある。
 「ピレネーの向こうはヨーロッパではない」というのと同じく、ヨーロッパ人を自任する人々の辺境に対する恐れと蔑みを表したものだろうが、「皮を剥ぐ」は言葉のアヤだと思っていた。
 アヤじゃないわけですね、ロシア人にとってもタルタル人にとっても。
 「羊の皮を被ったオオカミ」も同じで、聞いただけでいちいちどこかがヒリヒリしてくる。
 今度こそ、これでもうおしまい!

 (・・・都市伝説作家なんだね、どうやら。素材はそれを超えているけれど。夢が濫発されるのは、また違った理由からかな。)


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