翻訳というと、つい批判がましい話が多くなってしまう。
が、
もちろん名訳も、世の中にはたくさんある。
自分自身の養われたものを挙げるなら、古くは井伏鱒二の『ドリトル先生シリーズ』、石井桃子の『クマのプーさん』や『楽しい川べ』、ちょっと飛んで新潮文庫版チェーホフ短編群の小笠原豊樹訳(何で絶版にするの!)、ハヤカワSFのカート・ヴォネガットのシリーズも良くこなれて立派な訳だと思う。
で、ここに小さな傑作がもうひとつ。
『ぼちぼちいこか』
という絵本だ。
「ぼく、消防士になれるやろか?」
「なれへんかったわ」
に始まるカバ君の自問自答シリーズがまさに秀逸、
「ぼちぼちいこか、ということや」
の締めくくりまで、実に文句なく楽しいのである。
何が素晴らしいと言って、"What can a hippocampus be?" の原題を持つアメリカの絵本を、関西弁で翻訳しようというアイデアがケッサク至極ではないか。
東京弁では、どう逆立ちしてもこの可笑しみは出そうもない。
ふと思いつき、訳者について検索してみた。
今江祥友(1932-)という人は、どうやらその道の大家であるらしい。
委細は省略、ともかくこの人が大阪市の出身であると確認して腑に落ちた次第。
繰り返すが、これを東京弁で訳したとしたら、まったく別の作品ができあがったことだろう。
ほんとうに、方言や訛りは豊かさの源なのだ。