2013年6月21日~23日
金曜の診療後に関西へ移動。
最寄り駅まで長男の迎えあり、夜食などふるまってくれる。
自炊の(本をバラしてスキャンする話ではなくて、料理の)腕が会うたびに上がっているのが、異次元生物を見る感覚だ。
好きこそものの上手なれ、これ至言。
*****
土曜日、大阪SCで卒論/修論ガイダンス。
午前の卒論は30~40人、午後の修論は70人ほども集まったのだろうか。
レベルはさまざまだが、皆、熱心このうえない。
放送大学で仕事する楽しさは、心から勉強したがっている人間が集まっているところにある。それだったら、いくらでもつきあうよ。これがほんとの大学というものだ。
*****
日曜日、京都・岩倉村のこと。
ベルギーのゲールに匹敵する精神障害者のコミュニティが、ついこの間までこの地にあった。それが立ちゆかなくなったのは戦時下の窮迫ゆえであり、戦後も悲しいかな、復興に至らなかった。
妻の実家の人々とともに、カトリックのミサにあずかる。
僕自身はプロテスタントなので、「それってありなの?」みたいなことを時々きかれるが、「あり」なんじゃないのかな。ていうか、「何でナシなの?」と訊きたい。
本質的なところでは、違和感なんかありはしない。ただ、ミサは聖歌集やらプリントやら手元資料がいろいろあって、どれを参照すればいいか慣れないと判りにくい。そういうつまらないレベルでアウェーな感じにさせられるのが、残念なだけである。あとは、茶事を連想させる司祭さんの所作が面白いぐらい。実際、茶事に影響を与えたんじゃないのかな。戦国末期の堺あたりの状況を考えれば何の不思議もないことで。
カトリックの信徒が御聖体をいただく時は僕らも列に連なり、順番が来たら聖体は受けとらず、司祭から祝福だけをいただく。逆にカトリックの信徒がプロテスタントの礼拝に出た時には聖餐OKが普通なので、内心いささか得意の念があったりする。
アメリカ滞在中には、よく驚かれた。「日本ではそれって問題ないの?」って。
キリスト教がマイナーである国で信徒であることの幸いを、つくづく感じたものだった。
せっかく歴史を学ぶのに、もったいないなと思うんだよ。
カトリックとプロテスタントは、キリスト教の大きな歴史の中では「西方教会」に属する同根の兄弟なのだ。ただ500年ほど前、この大きな家族を少々危機的な状況が襲った時、これを克服する路線の違いから群が大きく二つに割れた。お互い真剣であるだけに、軋轢も深刻だった。渦中にあり現場にあった人々にとって、和解も容易ではなかったろうが、地球の裏側の異教の日本くんだりで、軋轢までも義理堅く継承することはない。500年の軋轢より、2000年の一致を重しとせよ。歴史を学ぶ功徳はそういうところにあるんじゃないか。
それにつけてもCMCC万歳!あれは完全にエキュメニカルなNPO活動なんだからね。
そういえば、今日のミサではニケア信条を使っていたな。これは(文言上の厄介な問題はあるものの)東方教会までも含む、全キリスト教徒共通の信仰告白なんだから、これを使うのは立派な見識だ。ただ、日本語訳がちょっとヘンだったけど。
*****
日曜日の午後、伊丹から松山へ。
久しぶりにプロペラ機に乗った。
プロペラ直近の座席で騒音を警戒したが、何ほどでもなかったのは技術の向上なんだろう。
畑まわりの手伝いをするつもりで乗り込んだのに、家に着くなり2時間ほども午睡してしまった。田舎の爽やかな空気と静かさは、いつでも気持ちの良い眠りを誘う。
ああよく寝た!
金曜の診療後に関西へ移動。
最寄り駅まで長男の迎えあり、夜食などふるまってくれる。
自炊の(本をバラしてスキャンする話ではなくて、料理の)腕が会うたびに上がっているのが、異次元生物を見る感覚だ。
好きこそものの上手なれ、これ至言。
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土曜日、大阪SCで卒論/修論ガイダンス。
午前の卒論は30~40人、午後の修論は70人ほども集まったのだろうか。
レベルはさまざまだが、皆、熱心このうえない。
放送大学で仕事する楽しさは、心から勉強したがっている人間が集まっているところにある。それだったら、いくらでもつきあうよ。これがほんとの大学というものだ。
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日曜日、京都・岩倉村のこと。
ベルギーのゲールに匹敵する精神障害者のコミュニティが、ついこの間までこの地にあった。それが立ちゆかなくなったのは戦時下の窮迫ゆえであり、戦後も悲しいかな、復興に至らなかった。
妻の実家の人々とともに、カトリックのミサにあずかる。
僕自身はプロテスタントなので、「それってありなの?」みたいなことを時々きかれるが、「あり」なんじゃないのかな。ていうか、「何でナシなの?」と訊きたい。
本質的なところでは、違和感なんかありはしない。ただ、ミサは聖歌集やらプリントやら手元資料がいろいろあって、どれを参照すればいいか慣れないと判りにくい。そういうつまらないレベルでアウェーな感じにさせられるのが、残念なだけである。あとは、茶事を連想させる司祭さんの所作が面白いぐらい。実際、茶事に影響を与えたんじゃないのかな。戦国末期の堺あたりの状況を考えれば何の不思議もないことで。
カトリックの信徒が御聖体をいただく時は僕らも列に連なり、順番が来たら聖体は受けとらず、司祭から祝福だけをいただく。逆にカトリックの信徒がプロテスタントの礼拝に出た時には聖餐OKが普通なので、内心いささか得意の念があったりする。
アメリカ滞在中には、よく驚かれた。「日本ではそれって問題ないの?」って。
キリスト教がマイナーである国で信徒であることの幸いを、つくづく感じたものだった。
せっかく歴史を学ぶのに、もったいないなと思うんだよ。
カトリックとプロテスタントは、キリスト教の大きな歴史の中では「西方教会」に属する同根の兄弟なのだ。ただ500年ほど前、この大きな家族を少々危機的な状況が襲った時、これを克服する路線の違いから群が大きく二つに割れた。お互い真剣であるだけに、軋轢も深刻だった。渦中にあり現場にあった人々にとって、和解も容易ではなかったろうが、地球の裏側の異教の日本くんだりで、軋轢までも義理堅く継承することはない。500年の軋轢より、2000年の一致を重しとせよ。歴史を学ぶ功徳はそういうところにあるんじゃないか。
それにつけてもCMCC万歳!あれは完全にエキュメニカルなNPO活動なんだからね。
そういえば、今日のミサではニケア信条を使っていたな。これは(文言上の厄介な問題はあるものの)東方教会までも含む、全キリスト教徒共通の信仰告白なんだから、これを使うのは立派な見識だ。ただ、日本語訳がちょっとヘンだったけど。
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日曜日の午後、伊丹から松山へ。
久しぶりにプロペラ機に乗った。
プロペラ直近の座席で騒音を警戒したが、何ほどでもなかったのは技術の向上なんだろう。
畑まわりの手伝いをするつもりで乗り込んだのに、家に着くなり2時間ほども午睡してしまった。田舎の爽やかな空気と静かさは、いつでも気持ちの良い眠りを誘う。
ああよく寝た!