おかげさまでこの時期すごく忙しい日々を送らせていただいていますが、多忙や逆境などを乗り切るエネルギーの源としてぼくはしばし思い出したようにヘンリー・ミラーの傑作「北回帰線」を読むという習慣があります。これ読むとなぜか元気出てくるんです。
アメリカからパリに渡ったミラーは、一文無しのプータローとなり毎日毎日、放浪とセックスと堂々めぐりの思索を繰り返す、どうしようもなく無益な日々に明け暮れている。要はその日常をただただ書き綴った私小説なんだけど、無一文のどん底生活ゆえに浮き彫りになってくる素っ裸な自分自身の存在。それがすごい。失うものが全く何もない状況で、だんだんだんだんクリアーになってくる、一個の人間としての生命感。「何やってんだろうかオレは」と、胸の焼けただれるような焦燥感に追い立てられながらも、追いつめられれば追いつめられるほど逆に水晶のように純度を増す、生命そのものに対する圧倒的な讃歌。そいつがすごいのである。
放浪の中で、セックスの中で次第にイマジネーションが膨らんでいき、その詩的な思索が地球の裏側にまで飛んだかと思うと、宇宙にまで行き着く。そして突如、原始時代になったり2年前になったり未来になったりと、時空を超越する。そのほとばしり、色彩感覚あふれる文章の流れに、人間の生命の根源的なパワーを感じさせられ、元気出てくるってわけ。