一韶の俳句ブログ

俳句を詠うのは自然・私・家族・夢や希望・社会など。読む時はどんな解釈が浮かぶか読み手の経験や生活によって様々

2134  奪衣婆に椿を手向け友恃む   薪

2020年04月20日 | 

  平安末期、「往生要集」の作者、源信の驚くべき独創によって、地獄極楽が生まれた。輪廻転生や六道、人々を極楽浄土へ導く阿弥陀如来、地獄から救う地蔵菩薩などが信じられるようになった。

 熱海の日金山東光寺には、地蔵菩薩を本尊とし、参道には閻魔大王と脱衣婆が向かい合って参詣人ににらみを利かせている。

 さてこの句、友人を助けたい句なのだろうが、誤解を招く内容である。つまり、友人は余程の悪人だったのだ。作者は、友人を憎み恨んでいて地獄に落ちると信じているのだ。そして、脱衣婆に手加減せず身ぐるみ剥がすように恃んでいるのである、という真逆の解釈が成り立つのである

 地蔵菩薩にお願いするのなら、「友を助けて下さい」となるが、いくらなんでも閻魔の女房の脱衣婆が、友を助ける訳がないではないか、と思われる。

 ところで、私見ではあるが、あの世には地獄などなく、天国しかないと思う。

オオアラセイトウ 別名ムラサキハナナ(紫花菜)ショカツサイ(諸葛菜)、花大根

コメント (1)
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