人間(私)の存在は不可思議である。地球の存在も不可思議である。太陽系も天の川銀河の存在も更に不可思議、謎である。しかし、天の川銀河の中心に、太陽の370万倍の質量を持った巨大なブラックホールが確認されているという。本当だろうか。
最近のニュースで、地球上に起きている人間同士の愚かな争いを見るよりは、ブラックホールなどの宇宙科学の方が、はるかに楽しく胸躍る謎である。
チダケサシ
人間(私)の存在は不可思議である。地球の存在も不可思議である。太陽系も天の川銀河の存在も更に不可思議、謎である。しかし、天の川銀河の中心に、太陽の370万倍の質量を持った巨大なブラックホールが確認されているという。本当だろうか。
最近のニュースで、地球上に起きている人間同士の愚かな争いを見るよりは、ブラックホールなどの宇宙科学の方が、はるかに楽しく胸躍る謎である。
チダケサシ
雷鳴やテネシーワルツを切りきざむ 洋子
パラソルの下で器用にタバコ巻く
なめくじの跡キラキラと父母の墓 歩智
朝摘みの花付き胡瓜幸多し
車内みなケイタイ覗く夏の昼 豊春
夏の宵赤き爪にて宅配子
蛞蝓女形の腰の美くしき 薪
ブラックホール蛍火一つ吸い込めり
百合の香の独りの闇に抱かれをり 章子
生きるとは病むことなりやなめくじら
道端のカサブランカとコカコーラ 炎火
白壁のメタボのトカゲ尻尾欠く
なめくじの銀の足跡鉢の底 一煌
うすき影うすばかげろふ羽光る
旅に出で家人想うや合歓の花 稱子
夜濯ぎや灯りの消えぬ大都会
蛞蝓の三億年の歩みかな 雲水
敏捷が生き抜くちから金魚の子
携帯電話さえ革命的だったが、あんな小さなケイタイにインターネットが自由に使えるようになって、スマートフォン(スマホ)と呼ばれるようになった。パソコン同様、スマホ中毒が蔓延しているらしい。特に、青少年の中毒が深刻と言う。
車や家電製品と、パソコンやスマホは明らかにその便利さの質が異なる。その便利さの第一は、辞書機能。検索能力がすごいからだ。お陰で歳時記、国語辞典、文語辞典、類語辞典、植物図鑑、百科事典などがほとんど不要になった。あらゆる分野の音楽もインターネットで簡単に聞ける。商品の価格比較も瞬時だ。つまり、必要な情報がなんでも手に入る。
電車の中で、ほとんど全員がスマホを覗いている。これは実に不気味な光景である。そして、身近な人間同士の関係は、増々希薄になっていくことだろう。しかし、この時代の流れは、たぶん誰にも止められない。
ネムノキ(合歓の木)
今月の句会の兼題に「ナメクジ」を出したところへ、「ナメクジの言い分」という本がやって来た。実に不思議な偶然でした。
ナメクジはビールが大好きだそうで、器にビールを入れておけば、観察したり捕まえるのに好都合だそうだ。又、彼等は夜行性だから、朝まで放っておくと飲み逃げされるから気を付けねばならないそうです。
さてこの句のナメクジは、どんな用があって墓石を這い廻ったのだろうか。お供えの花や食料だろうか・・・・・とするとお盆の頃かもしれない。
ノカンゾウ(野萱草)
雷(神鳴り、かみなり)は、光と音を伴う。光が「雷光・稲光・稲妻」であり、音が「雷鳴」
テネシーワルツは、1950年、パティ・ペイジがカバーしたものが世界的なミリオンセラーとなり、1956年、テネシー州がこの曲を州歌とした。
『恋人を取られた』という単純な歌詞と曲であるが、いづれにしても名曲であろう。音楽に、技巧や複雑さは無用、ということを示す典型的な曲であろう。
上の「テネシーワルツ」をクリックすると、プレスリーなどの30数曲のカバー曲を聞くことができます。
ヒマワリ(向日葵)
(どろをくう ミミズくちあく たいしょかな)
日本に生息するハッタミミズは、体長60センチ。オーストラリアに住むメガスコリデス・アウストラリスは世界一で3m余りあるとか。私は知らないが、確かにミミズに口と尻はあるらしいから、大型になればはっきりと口も発見できるに違いない。
しかし、世の中に、ミミズをしっかり観察して、口を知っている人はどのくらいいるのだろうか。もしもあなたが、知っているとしたら相当の変人かもしれませんね。
「大暑」は、太陰太陽暦の二十四節気の一つで、今年は7月23日だった。1年で最も暑い頃。
アサガオ(朝顔)
(かっぱきや きいろいつきに しがみえて)
河童忌は、芥川龍之介の忌日で、 1927年(昭和2年)の7月24日、服毒自殺。享年35才。夏目漱石門下。小説家、俳号は我鬼。
石原裕次郎に「黄色い月」という歌があるように、黄色い月は確かにある。虹の七色が「赤、橙、黄、緑、青、藍、紫」であるように、月が水平線から上がると赤く、しばらくすると黄色になるが、その他は判然としない。天空に上がればほとんど白色になる。ところで、この句の「黄色い月に死が見える」というのは、作者の考え過ぎではないのか。
ヤマユリ
トビウオ(飛魚、アゴとも言う)は、時速35-70kmで、100m~800mくらいは飛ぶことができるらしい。マグロやカツオ、シイラなどの大型魚から逃げるためといわれる。日本近海でも30種ほどいるそうである。
陸上動物になり損ねた小魚が、飛ぶ能力を身に着けたのだが、あと数億年するとイワシなんかも大空を飛んでいるかもしれない。
この句のトビウオは、船の音や影に驚いて必死に逃げているのだろうが、俳人からすると「頼もしい先導」などととらえるのだから「暢気でいい気なもんだ」、とトビウオに言われているかもしれない。
アベリア(又はハナツクバネウツギ、ハナゾノツクバネウツギなどとも)
最近、テニス仲間二人が「巻爪」になった。足の親指で、爪が肉に食い込み(陥入爪とも言う)、歩けないほど痛くなり、二人とも病院で手術したという。一人は、ひと月もテニスを休む羽目になったのだ。原因は、どうやら短く切り過ぎる「深爪」が原因らしい。指に合わせて丸く切るとなりやすいとか。
爪が長いと、靴下に穴が開きやすいから短く切りたくなるのだろうが、予防には、爪は長めにして丸く切らないことが重要です。いづれにしても老化現象ですね。
さて、やっと梅雨が明け本格的な夏がやって来たと思ったら、今はもう晩夏です。8月7日の立秋まで、まあ20日余りありますが、「晩夏」と聞くと一変に淋しくなります。作者も又、とっくに過ぎた人生の「晩夏」を、深爪の痛みと共に懐かしんでいることでしょう。
それでも、高原の湖畔にいることが唯一の救いでしょうか。羨ましい限りです。
オオバギボシ
「皆様、本日近畿、東海、北陸、関東地方の梅雨が明けたと見られます。」という気象庁による梅雨明け宣言の発表があるかもしれません。勿論ないかもしれません。
唯、この一週間の天気図や予報から、間違いなく梅雨明けであろう。ウグイスもガビチョウもヤマガラもそう申しておりま巣。
ヤマユリ(山百合)
(なめくじの ろうぜきしめす ぎんのしま)
最近、知人の弟さんが書いた「ナメクジの言い分」という本を拝借。日本では、フタスジナメクジ、チャコウラナメクジ、ヤマナメクジ、マダラコウラナメクジ、ノハラナメクジなどが生息しているという。私がひっくり返した材木の裏にいるナメクジは、一体何というナメクジか、調べてみよう。
ナメクジが地球に現われたのは、およそ2億年前らしく、人間よりはるかに大先輩である。カタツムリが殻を捨ててナメクジになった、というのが面白い。詳しくは、以下をお読みください。
「ナメクジの言い分」足立則夫 岩波書店 岩波科学ライブラリー198
(そうげんは つゆあけまえの じりふかし)
「海霧(じり)」は夏の季語で、北海道、釧路などオホーツク海に多く発生するらしいが、相模灘でも発生する。お陰で標高400mの伊豆山でも、海で発生した霧が山を這い上がって来て、この2,3日深い霧の中である。ちなみに1年中発生する「霧」は秋の季語である。
さて、関東地方の梅雨明けは、この30年の平均は7月21日だから、遅くともあと数日で梅雨明けである。
霧の雫
富士詣とは、富士山に登り山頂の浅間大社奥宮に詣でること。それにしても、富士山頂で「ピンピンころり(PPK)」の願を掛けるとは、実に可笑しい。
想像ではあるが、「PPK」で死ねる確率は、せいぜい数パーセントであろう。脳溢血、心臓麻痺、交通事故、それと自殺、などである。自殺の中で一番のお勧めは、一酸化炭素中毒と飛び降りである。難しいだろうが、餓死という即身仏はいかがですか。
さて、富士山が世界遺産に登録されて、一挙に登山者が増えたそうである。又、山開きで静岡県と山梨県が喧嘩しているらしい。何を考えているんだか。
スイレン(睡蓮)
(はえとりぐも こうきいっして さりげなし)
幼いころから私は、母から「蜘蛛を殺してはならぬ」と教えられました。特に家の中に住むアシダカグモはゴキブリを捕食してくれるからでしょうか。しかし、姿が大きくて不気味なので嫌われ者です。
ハエトリグモは、その名の通りハエ類を含む小型の虫を主食とする益虫です。
非常に多くの種類があるそうで、いづれも比較的小型で、足は太くて短いが、よく走り回り、ジャンプも得意ですね。とても可愛いと思います。
日本のクモ(蜘蛛)の仲間は、57科・約1,200種もいるそうです。驚きですね。この句から、作者の蝿取蜘蛛に対する愛情のようなものを感じます。
ギボウシ(擬宝珠)クサスギカズラ科リュウゼツラン亜科
フナムシ(船虫)の名前の由来は、船にまで進入してくることから。海辺の岩場やテトラポッドなどでよく見られるゴキブリのような姿をした甲殻類。集団で行動し非常に敏感かつ敏捷なため捕獲は困難である。暗く湿った場所を好み、岩陰などに普段は潜んでいる。食性は雑食で生物の死骸や打ち上げられた海藻類を食する。強烈な腐敗臭と強い苦味で非常に不味いとか。天敵は鳥やカニなど。水に落ちた固体は魚にも捕食される。
さて、阿部政権がゴリ押ししている今話題の「集団的自衛権」の「集団的」の「的」一体これは何だ。言葉は、意味を鮮明にするためにあるはずなのだが、政治家や官僚は、意識的に曖昧にする、実に「ずる賢い輩」である。
ヒメヒオウギスイセン(姫檜扇水仙)