一韶の俳句ブログ

俳句を詠うのは自然・私・家族・夢や希望・社会など。読む時はどんな解釈が浮かぶか読み手の経験や生活によって様々

2140  これから行く虹の真下のラーメン屋  雲水

2020年07月27日 | 

 毎日鬱陶しい日々が続いている。梅雨が明けないまま、立秋を迎えそうな気配だ。近頃は特に、雨が降ったり止んだり、雷が鳴ったり、強風が吹いて豪雨になったり、突然雲間から陽が射したり、虹が掛かったりと変化が激しい。

 さて、鬱陶しいのは天気ばかりじゃない。コロナウイルスは収束しそうだったのに、第二波が東京を中心に広がりつつある。小池都知事や西村大臣は、「できるだけ外出は自粛して下さい」、と言っているのに、赤羽大臣は東京を外した真逆の「GO TOキャンペーン」を始めた。政府は何を考えておるんだ。これはきっと安倍政権の末期症状なんだろう。いやいやもしかするとこれは、日本の末期症状なのかもしれない。日本、先進国から転落?

 つまり、政府はブラジル大統領のように、「コロナウイルスは大したことはないから、自粛よりも経済を大事にした方がよい。致死率の高い持病持ちや高齢者は、死んでもかまわない」と、どうやら思っているらしい。

 というようなことを考えていたら気が滅入ってきたので、ラーメンでも食べに行くかと出かけたら、湯河原の町に虹が出ていたのでございます。アーメン、ソーメン、タンタンメン。

ヒオウギ(檜扇)

 

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2139  はね出たる赤子の足や夏祓  薪    

2020年07月06日 | 

    伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の禊祓(みそぎはらえ)を起源とする神事である「大祓(おおはらえ)」は、飛鳥時代の七〇一年には、宮中の年中行事として定められていた、という。毎年旧暦十二月の大晦日と、六月の晦日に執り行われていた。

    六月に行われる大祓が、「夏祓(なつばらえ)」で、「夏越(なごし)の祓」とも言い、心身の穢れや、災厄の原因となる罪や過ちを祓い清める儀式であり「名越の祓」「夏越神事」「六月祓」とも呼ばれる。現在でも、日本各地の神社で行なわれ、千三百年も続く伝統行事である。

    伊豆山神社でも、茅の輪を回って半年分の穢れを落とす人々、この後の半年の健康と厄除けを祈願する人々。子供を負ぶって祈願する親子などにもきっと出会うだろう。

ユキノシタ(雪の下)

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2138  老鶯や今日という日を重ねつつ  洋子

2020年07月03日 | 

    人は、生まれて以来、毎日、今日という日、「今の日」を重ねている。私の生きてきた時間を計算してみた。七十年五か月、二万五千日余りの今日を重ねたことになる。人は、今を生きるという。今を秒で表せば、私は二十二億秒余りの今を重ねたことになる。しかし厳密に数学的にいえば、今という時間は無限にゼロであり、今を生きた時間は無限大である。私たちの命は有限であるが、有限の中に無限が内包されている、ということになる。

炎火さんの句に

 五月雨や点なのかさて線なのか  炎火

という句があったが、時間で言うと、永遠という線の中の点は有限ではあるが、無限でもある。鶯の寿命は、運が良ければ八年、自然界では三~五年だそうだが、人間の寿命と本質的に同じなのだ。 

ガクアジサイ(額紫陽花)

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