ある年の春、轆轤を回していると、鳥が騒いでいるのに気付いた。
外に出てみると、作業場からわずか数メートルほどの雑木林の中で、ヒヨ、メジロ、シジュウカラ、ヤマガラなど二十羽余りが枝から枝へ、枝から地面の方へとしきりに鳴きながら飛び回っていた。その近くでウグイスまでが谷渡りの警戒音を発していた。
私はこの異常な光景をしばらく観察することにした。というのも、私は作業場のガラス越しに餌台を置いて、飛来する鳥を観察して楽しんでいるが、いつもの小鳥たちは小屋の中の私が少しでも動こうものなら、たちまち警戒して飛び去ってしまう。ところが、この時には、こんなすぐ近くにいるにもかかわらず、私には目もくれない。それが不思議でならなかったからだ。
小鳥たちの飛び回る様子から、問題はどうやら地面の方にあるらしいことが分かってきた。しかし、そこは丈が二メートルほどの笹に覆われていて、何があるのか全く見えない。
何か特別な食料でもあるのだろうか。小鳥たちの好物はどんな虫だろうか。どんな実だろうか。いやこの時期に木の実でもあるまい。それならば蟻だろうか、ミミズの大発生だろうか。それとも、動物の死体にウジでも湧いているのだろうか。いや小鳥がウジを群がって啄ばむだろうか・・・
数分経っただろうか。私は、唯憶測していることに我慢できなくなって、真相を確かめることにした。地面を四つん這いになり、びっしりと生い茂った笹を掻き分けて、慎重にゆっくり進む。ほんの2メートル進んだだけで、ぽっかりと視界が開けた。すると、1メートルほど先に、幹の直径五センチほどの小さな犬柘植が現れた。四つん這いのまま見上げると、その先端のすぐ下に、地表から高さ1メートル余りだろうか、中は見えないが、小さな鳥の巣が目に付いた。よく見ると、巣の下に青大将が柘植に絡みつき、雛を呑み込もうとしているではないか。まだ目も開いていない生まれたばかりの雛は、既に半分ほど呑み込まれていた。青大将は、逃げる気配も見せず、じっと動かない。
そう言えば、自分の頭よりはるかに大きなヒキガエルを、ヤマカガシが飲み込むところを観察したことがある。大き過ぎてとても不可能と思えたが、三時間余りかけてとうとう呑み込んでしまった。その時も、最後までその場所を動かなかった。
目を右に転ずると、雛から至近距離の枝で、殊更激しく鳴き続けている小鳥がいた。メジロだった。雛の親は、このメジロに違いなかった。
メジロが日頃どのように鳴いているのか、気にもしていなかった私だったが、それ以来、庭のあちこちで囀るメジロに気付くようになった。
他の小鳥たちも、青大将を威嚇しているつもりなのだろうが、近づいては逃げ戻ることを唯々繰り返しているだけだった。
この状況で、青大将と雛の大きさから判断すれば、呑み込むのにたぶんあと数分しかかからないだろう。青大将も小さいが、そう思わせるほど雛は小さかった。
私は、雛を救出することも考えたが、青大将の口から雛をうまく切り離すことは、とてもできそうになかった。仮にできたとしても、雛の命は手遅れに思われた。
私は這いつくばったまま、しばらくその情景を観察していたが、青大将は全く動かず、飲み込むのに予想外の時間がかかりそうだった。もしかすると、私が見ているので、警戒してじっとしているのかもしれない。私は、後ずさりして藪を出ると仕事に戻った。
それから一時間ほどして、現場に戻ってみたが、蛇も雛も親も、鳴き騒いでいた小鳥たちもおらず、空っぽの巣が春の柔らかい木洩れ日を浴びているばかりだった。
ヤマブキ(山吹)