歳時記では鯖は夏の季語になっているが、秋鯖が脂がのっていて、旬は秋である。豊後水道で採れる高級食材の関サバが近年特に有名で、生で食べることが多いそうである。
さて、作者のお父さんは、海上で締めた寄生虫の少ない新鮮な鯖を、刺身として食べた美味しさを知っているのだろう。
しかし、「鯖の生き腐れ」と呼ばれ、魚の中で特に鮮度の低下が著しいと言われ、又寄生虫もいるから、娘としてはいくら美味いからと言って、鯖の刺身には躊躇せざるを得ないのだ。
カラスウリ(烏瓜)
歳時記では鯖は夏の季語になっているが、秋鯖が脂がのっていて、旬は秋である。豊後水道で採れる高級食材の関サバが近年特に有名で、生で食べることが多いそうである。
さて、作者のお父さんは、海上で締めた寄生虫の少ない新鮮な鯖を、刺身として食べた美味しさを知っているのだろう。
しかし、「鯖の生き腐れ」と呼ばれ、魚の中で特に鮮度の低下が著しいと言われ、又寄生虫もいるから、娘としてはいくら美味いからと言って、鯖の刺身には躊躇せざるを得ないのだ。
カラスウリ(烏瓜)
初心者に陶芸を指導する時、「指先で考えよう」と、私はよく言う。指先に神経を集中せよ、という意味だが、物作りにたずさわる人なら、すぐ分かるはず。
最近の都市化した消費生活からは、物を作ることが極端に減ってしまった。例えば、味噌や漬物は作らないし、魚も切り身を買えば済む。裁縫はせず、衣類は買って使い捨てと、まあ全て人任せで金を出す方が便利な世の中になってしまった。
作る怪しげな専門家と、無知な消費者に二分化したと言った方が良いだろうか。従って世の中、単に作る経験がないからだが、不器用な人が多い。
さて、この句の「林檎を剥きながら、指先でもの思う」とは、実際解釈がなかなか難しい。作者にその意味を聞かねばならない.
ダイモンジソウ(大文字草)
明後日は十三夜。前月の十五夜から一ト月遅れなので後の月。枝豆や栗を供えて祝うので、豆名月・栗名月。秋最後の満月なので名残の月などともいう。
さてこの句、今まで一度だって十三夜の月を一人で見上げたことなどなかった。独りの淋しさを嘆いているか、それとも独りになった開放感を喜んでいるのか、どちらでしょうか。いづれにしても、しばらくしたら独りを楽しむようになるはずです。
何故なら、私の知り合いには、一人住まいの女性が結構多い。聞いてみると、皆さん、元気なうちは子供との同居を望んでいないのだ。「死んでも同居は嫌だ」という強気もいる始末。しかしそれは、今まで何十年も夫や子供の面倒を見てきたんだから、「独りで暢気に暮らしたい」、と思うのも当然のことでしょう。
「星月夜」とは、秋に満天の星が輝き、月夜のように明るい様を言う。月が出て明るい訳ではない。主に、天の川が照らす明るいことを言う。
ところが例えば、私の住む熱海で夜空を見上げても、天の川はほとんど見えない。東京や横浜など、都市の明かり(街灯やネオンなど)が、空気中のちりにに反射するからだ。淋しいかな、夜空が明かる過ぎて、銀河はほとんど見えないのだ。
だから実際この句、星月夜ならぬネオン月夜なのではないのか、と勘ぐってしまう。
チャ(茶)、チャノキ(茶の木)とも(椿科)
(ほしのねや オストアンデル かわきゆく)
「星の閨」とは、年に一度だけ七夕の夜に、牽牛と織姫が天の川を渡って会うことが許された日の逢瀬の部屋のこと。
「オストアンデル」は、最近「うどん県」で有名な讃岐出身の、江戸時代中頃に活躍した本草学者、地質学者、蘭学者、医者、殖産事業家、戯作者、浄瑠璃作者、俳人、蘭画家、発明家の天才、平賀源内が江戸で食べた「大判焼き」のことを、ダジャレで言った純日本語である。
先日強風が吹いた朝、東京横浜方面が素晴らしく良く見えました。横浜のランドマークタワーははっきり肉眼で見えたし、スカイツリーはさすがに細いのでぼんやりですが、それでも見えました。
さて最近、横浜の高級マンションの杭が岩盤に達していなくて問題になっています。日本が世界に誇るトップ企業?の三井住友や旭化成でさえこの有様ですから・・・・・2流3流企業のマンション・・・・信用できますか・・・・・できませんよね。
東京の皆さん、そこで提案です。熱海は実に地盤が固い町なんです。都会の便利さに固執しないで、熱海に引っ越して来ませんか。長生きするはずが、平成関東大地震で圧死なんて、泣くに泣けませんよ。
と、最近熱海に引っ越して来た私の友人夫婦が言っていました。私も本当にそう思い舞す。
先日の「佐和子の朝」にゲスト出演していた、ものまね芸人「コロッケ」。彼は子供の頃、中耳炎を患い片耳が聞こえなくなったのですが、そのおかげで、目で見て聞こえない音を想像し、耳で聞いて姿形を想像するようになったそうです。この話を聞いて私は、コロッケさんがすっかり好きになりました。
さて、「馬鹿っちょ」とは、ジョウビタキ(尉鶲)のこと。夏にチベットや中国大陸、バイカル湖などで子育てし、晩秋に日本に渡って来るスズメより少し小さい冬鳥で、人懐っこく人を恐れないのでそう言われているそうです。ひたきどり「火焚鳥」、もんびたき「紋鶲」、だんごしょい「団子背負い」などとも言われるそうです。
友人の鴨下知美さんが、陶器の展示会を催しています。
女性らしい柔らかな、温かみのある器たちです。
是非足を運んでみて下さい。
日時 10月15(木)~21日(水) 12:00~20:00
場所 ギャラリーCONTEXT-S 杉並区阿佐ヶ谷南1-47-4
私の母の実家は岐阜県恵那市山岡町で、寒天と共に五平餅も名物である。五平餅は、焚いた米をよく磨りつぶして粘りを出し、平たい棒に御幣状(楕円形)に巻き付けてから素焼きし、タレを付けて更に焼いたもの。タレは、醤油や味噌を練ったものに、すりつぶした胡麻や胡桃などを入れる。岐阜では、名物のヘボ(黒スズメバチの子)を入れることもある。
高速道路のサービスエリアなどでも焼いて売っているが、規格品は偽物っぽくてどうも食べる気にはならない。
昔、大工の友人から「大工は、差し金探して日が暮れる」という諺を聞いて大笑いしたことがある。私も同様、携帯やら鍵やら帽子、サングラス、スケール・・・・しょっちゅう家で探し物をしている。
だからこの作者が、若いらしいのにスマホを失くして見つからず困惑しているのが、私にとってとても嬉しいのだ。それにしても「・・・探して日が暮れる」という同じフレーズを使っているのが見事。はるかさん、あなたのスマホは電池切れではないですか?
アカマンマ
(ひもかみのこや きんすすき ぎんすすき)
野辺を歩くと、ススキにも大小、遅速があり、色も色々。先日の句会の折、その中の最も赤いススキと最も白いススキを伐って帰ってそれぞれ別々に活けました。
好評だったのが、赤いススキ。「こんな珍しい色のススキ、初めて見ました」とまで言われました。その時「その辺にいくらでもありますよ」と言ったものの、次の日実際に調べてみると、あの赤みの強い「金芒」どうやら貴重なススキのようです。
さて、ノーベル物理学賞受賞が決まった東大宇宙線研究所所長の梶田隆章さん、受賞理由は「ニュートリノに質量があることを発見した」からですが、宇宙にはニュートリノを放出する太陽のような恒星が10の20乗?はおろか、それ以上もあるようですから、科学のお陰で、太陽を究極の神様(天照大神)と崇める時代はどうやら終わったようです。
早いね、ハゼ(櫨)の黄葉
ぐい吞み制作80個もいよいよ終盤になりました。3時の休憩時に、熱海の老舗菓子舗「間瀬本店」の栗羊羹「小さな秋見つけた」をいただきました。栗羊羹の上に栗や小豆が乗っていて絶妙な味でした。
創業明治5年の和菓子の老舗「間瀬本店」の3代目間瀬社長は、人間禅岳南道場の道場長でもあり、禅の修行を通じて自己研鑽し、「正しく」「楽しく」「仲良く」を目指しているそうです。
栗羊羹「小さな秋見つけた」
2日で、ぐい吞み80個ついに完成
本日(10月6日)、夕方5時の外気温は14度。そこで、今年初めて薪ストーブに火を入れる。大汗かいて割った薪が、たっぷり3年分はあるから、贅沢に燃すことができる。心豊かな実にリッチな気分になれるのである。1時間ほどで、室内は21度になった。
火入れ式と言っても、特別何をするでもない。薪に感謝しつつ、コーヒーを淹れて飲むだけのこと。部屋がもう少し暖まったら、チーズクラッカーとビールで乾杯しよう。
秋の季語「宵寒」は、昼はまだ寒くないが、夕方になっての寒さを言う。
ウメバチソウ(梅鉢草)
ノートパソコンのデスクトップ(画面)に、二ミリほどのハエ取りグモの子供らしき蜘蛛が唯今、ウロウロしている。こいつ、何を食べているんだろう。どうやって、生きて行くんだろう。1ミリにも満たない蝿の子供を探しているんだろうか。「蜘蛛の子を散らす」という言葉があるけれど、確かに蜘蛛の子は小さくて数が多い。
そう言えば、日曜日、友人夫婦がやって来てテラスでお茶を飲んでいると、家の外壁を自分の体の倍もある大きなアシダカグモを咥えて運ぶ蜂らしき虫を発見(つまり、蜂の種類は不明、蜂かどうかも不明)
一体どこへ運ぶのか、しばらく眺めていたが、蜂は余りにも大きい蜘蛛を持て余し、薪の隙間に落としてしまった。落とした蜘蛛を探す蜂の動作がとても面白かった。動画、せめて写真を撮っておくべきだった。
セイタカアワダチソウ