一韶の俳句ブログ

俳句を詠うのは自然・私・家族・夢や希望・社会など。読む時はどんな解釈が浮かぶか読み手の経験や生活によって様々

51     秋晴れのどこかに杖を忘れけり  松本たかし

2010年10月31日 | 

今年は、台風が少ないと思っていたら、来た来た。
14号だ。上陸しないで沖をかすめるのが、一番怖いのだ。

なんとか、無事に通り過ぎてくれた。今日は台風一過の秋晴れだろう。

さて、俳句は、短詩だから似たような句がよくできる。平成9年、私の句会で

 

秋晴れのどこかに靴を忘れけり

 

というのが出た。松本たかしの句を知らなかったので、私は天に採ってしまった。「靴を忘れるのもおかしい」とは思ったが、買い物をして袋に入った靴だろうと解釈したのだ。

 

又、最近

 

秋晴のどこかに帽子忘れけり

 

というのを見つけた。平成20年の句だ。

 

さて、杖、靴、帽子、どれが最もふさわしいと思いますか?あなたならどれにしますか?

 

いづれにしても、「秋晴れのどこか」が実に適切だ。したがって読者は、自分の知っている町や村などに、最近訪ねた商店や家などに思いを巡らしてしまうのだ。


ちなみに、松本たかしは、昭和31年に亡くなっている



 

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50     長き夜や男に乳首ある不思議

2010年10月30日 | 

 50


ある時、鏡を見てふと思った。どうして男に乳首があるのだろうか。


何十年も生きて来て 、初めて気付く疑問。
りんごの落ちるのを見て、万有引力を発見したニュートンの心境に似ている、と私は独断する。


さて、たった二つの極小の精子と卵子が結合し、新しい生命が生まれる。細胞は分裂を繰り返し、成人になると60兆個にもなるという。

 

分裂した60兆の細胞のそれぞれが、爪の場所に行ったら爪になる。心臓に行ったら心臓になる、黒眼に行ったら黒眼になる。乳首に行ったら乳首になる。つまり、小さな細胞が、あらゆる遺伝子を持っているのだ。いわゆる今話題のIPS細胞。

 

女性xxと男性xyが結合して、生命が女性xxになるのと男性xyになる確率は半々。

 

ここでの問題は、胎内で成長する生命の、男性と女性との分岐点は、いつどの辺だろうか、ということ。

はっきり言えるのは「乳首は、分岐点以前に作られているのではないか」と私は思う。

 

夜長の風呂に入りながら、こんなことを考えていたのである。

 

遺伝学の本や研究をしている学者に聞けばすぐ分かるのかもしれないが、分からなくて不思議がっているのも結構楽しいものだ。



 

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49   九十歳吾に驚く十三夜  登美

2010年10月29日 | 


九十歳!それもお元気でボケずに俳句をやってらっしゃる。

 

素晴らしいですね。

 

そんな自分に本当に驚くでしょうね。私なんぞ、まだ三十年も先だから、子供のようなものです。

 

よくまあここまで生きてきた、大正、昭和、平成を語り尽くすにはどのくらいかかるのか、いろいろあったでしょうね。

 

「長生きは、命の芸術だ」という言葉があります。以前、きんさん、ぎんさんがマスコミに騒がれましたが、あのおおらかさは正に芸術でしたね。


あらゆる煩悩から解放された、悟りの世界の人のように感じたのは、私だけではなかったと思います。


 

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48   茶漬飯台風圏に入りしかな   多留男

2010年10月28日 | 

29日から窯焚きの予定だったが、大型台風が通過しそうなので、延期することにした。こんなことは、28年間で初めてのことだ。

 

標高400メートルの山の尾根は、やたらと強い風が吹く。恐ろしくて近くのホテルへ逃げ込んだことがあるくらいだ。

 

数年前の11月、台風は上陸しないで沖を通過したのだが、山の木が相当倒れた。特に山桜が多かった。伊東、網代あたりでは、屋根が飛んでしまう被害が出たくらいだ。瞬間風速4,50メートルはあったのではないか。

 

台風と言えば、昭和33年の狩野川台風を思い出す。私の家は山の手だったので被害はなかったが、台風のあと学校に行ってみると、教室の机に花が活けられていた。確か、2つか3つだったと思う。小学2年生だったから、大して気にも留めなかったが、今そのことを記憶しているということは、意外とショックだったのかもしれない。なんと1269名が亡くなったのだ。

 

最近、奄美大島で大雨の被害が報じられているが、私はテトラポットを作るアルバイトで1,2か月住んだことがある。その時に聞いた話だが、

 

台風の通過中、余りに風が強くて危険なので、工事現場の飯場から町へ非難することにしたそうだ。その時、止めてあった車が宙に舞ってひっくり返ったそうだ。その人たちの車は、人が乗っていた重みで助かったのだが、瞬間風速70メートルあったそうだ。

 

子供のころは、台風が接近すると、内心喜んだものだ。学校が休みになるし、川の水かさが増えて行くのを見に行ったり、停電のためロウソクの明かりで食事をするのが楽しかった。親の庇護下にいるということは、実に有難い。

 

この句、私の師匠・多留男先生の句だが、「日本固有の台風と茶漬けが合っていて、戸主の緊迫感がよく表れている」と、句会で西東三鬼に誉められたそうである。







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47   引き出しをぶちまけてみる秋の夜

2010年10月27日 | 

年をとると、夜中に目が覚めて眠れなくなる。そんな時、手探りで枕元のラジオのスイッチを入れる。NHKの「ラジオ深夜便」だ。第一放送とFMの両方でやっている。


 外国の音楽なら「
2時台」日本の懐メロなら「3時台」お話なら「心の時代」の「4時台」というわけだ。全国には、「ラジオ深夜便」を毎日聞いている人たちが相当いるようだ。

私も「深夜便族」の一員であることを自負している。

 

最近、タイトルの「心の時代」を「明日への言葉」に変更したが、NHKの愚行の一つだと思う。

 

さて、ある時自分の引き出しを眺めた時、不要なものがずいぶん入っているなあ、と感じる。いつか、整理しよう、と思う。しかし思うだけで何カ月も、時には何年も経ってしまう・・・・

 

そして、ようやくある秋の夜、思い立って引き出しの整理を始める。勿論、「ラジオ深夜便」を聞きながらである。眠れないことが嬉しくなるひとときだ。

 

最近は特に、このブログをやっているので退屈することはない。

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46   腰骨を伸ばして消すや夜なべの灯

2010年10月26日 | 

一日轆轤(ろくろ)の前に前かがみで座り、茶碗を作る。今日は、仕事がはかどった分、腰が痛い。家に帰っても痛い。風呂に入っても痛い。今日は、寝ていても痛い。起きても痛い。

どうにもならなくて、とうとう入院する羽目になった。病名は椎間板ヘルニア。腰椎と腰椎の間にある軟骨がとび出して、神経を圧迫しているのだそうである。

 

気が付いた時は手遅れ、取り返しがつかない、ということがあるのですぞ。ご注意あれ。

 

手術はせずに、なんとか退院したものの、完治した訳ではない。使い過ぎて壊れかけた腰を、辛うじて騙し騙し使っているだけだ。

 

それ以来私は、仕事を一生懸命やることは止めた。死なない程度に、食える程度にやっていけばいい。と思うようになった。

 

そして今、心から「腰痛さん、有難う」と言いたい。それは、大きな呪縛から解放されたからである。

 

仕事も、お金も、食事も、腹6分で十分なのである。

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45   火焚鳥窯詰め急かす嘴の音

2010年10月25日 | 

火焚鳥(ひたきどり)とは、ジョウビタキのこと。小鳥の中で、一番可愛いのではないかと思う。

人を怖がらないので、「バカッチョ」と呼ばれたり、両脇に白い斑点があるので、「モンツキ」と呼ばれたりする。

 

大陸から渡ってくる冬鳥である。掌に乗るほどの、あんな小さな小鳥が、日本海を渡って来るなんて、すごーい。

 

小鳥たちが渡って来る最初の島が日本海にあるそうだ。着いたばかりの小鳥たちは、お腹が空いているものだから、食事に夢中で、人が近づいても全然逃げないとか。

 

君、今年も本当によく来たねー、それだけで幸せになれるよ。29日から窯焚きで、今は窯詰めの最中さ。君に言葉が話せたら、どんなに楽しいだろう。どんなふうに渡って来たのか、どんな苦労があったのか、聞かせて欲しいよ。嘴(くちばし)をカタカタさせているモンツキさん。なんて、可愛いんだ。

 

「窯の鳥」を選定するとすれば、君しか有り得ない。何せ「火焚鳥」だからね。

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44     麦わら帽かぶりて夫は少年に   徳子

2010年10月24日 | 

 (むぎわらぼう かぶりてつまは しょうねんに)

 

近ごろ、麦わら帽を被る人をほとんど見かけなくなってしまった。そのうち、麦畑も麦飯も麦茶も日本からなくなってしまうかと心配だ。日本の文化や伝統が、欧米のそれに取って代わりつつある。

 

さて、この作者の夫は、庭仕事か草取りをしているのだろう。そして、麦わら帽子を被ったら少年のようになった、というのだ。どんなふうに少年ぽかったか、まで想像するのは止めておくが、きっと新婚ほやほやの頃を懐かしがっているのではないだろうか、と推察した。

 

 ところが、作者の話では、「今のことですよ」とのこと。それならば尚更のこと、今なお仲睦まじい夫婦関係が想像されて、私たち読者を微笑ませてくれる、とてもハッピーな俳句だ。

 

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43   俳句一服   月暦と太陽暦

2010年10月23日 | つぶやき

 江戸時代まで1,000年以上にわたり、日本の暦は、月の運行に基づいた「月暦」を使っていた。

「月暦」は、正式には、太陰太陽暦という。旧暦ともいう。

 

明治開化後、西洋の暦「太陽暦」を取り入れた。これが、私達が今使っている、カレンダーの暦だ。グレゴリオ暦とも、新暦ともいう。

 

ここで大事なことは、旧暦と新暦にほぼひと月の誤差があり、旧暦が遅れていること。

例えば、今日、新暦の10月23日は、旧暦ではまだ9月16日、十六夜(いざよい)である。一月と七日遅れている。

これは、新旧が併記されている暦があれば、簡単に確認できる。

 

俳句を始めて気が付いたのだが、旧暦から新暦に変わって、うまくないことが山ほどあるのだ。

 

例をあげて説明してみよう。

 

  正月

新暦の場合、正月のあとに一番寒い大寒(1月23日ころ)がやってくる。

しかし、旧暦の場合、一ト月遅れだから、立春の頃が正月だ。年賀状に新春とか初春と書くのも、旧暦だからこそなのである。

中国など東南アジアでは、旧正月を大事にしている国が多い。

 

  七草(七種)

1月7日に、春の七草を食べる風習があるが、これもあくまで旧暦でのこと。

新暦の正月では、寒くて七草は生えていない。

 

  西行忌は、旧暦の2月16日。

旧暦の2月16日は、新暦では3月末、つまり桜の咲く頃である。

 

願わくば花のもとにて春死なむその如月の望月のころ

 

と西行は詠っている。

如月(2月)の満月の頃、15日に死にたいと言っている。つまり、お釈迦さまが亡くなった日だ。

 

西行は、断食をして、2月15日に死のう、と計画し、一日違いで死んだのではないか、と言われている所以である。


 

というわけで、上げ出したら切りがないので、このへんで止めておくが、

旧暦の載っている暦を手に入れて、月の満ち欠けなどを毎日チェックしてほしいものだ。

 

日本の伝統的な様々な行事が、旧暦で行われることを、私は切に願う。

 

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42   遅れ来しひとりが月の座を満たす

2010年10月22日 | 

旧暦の8月15日が仲秋の名月(十五夜、芋名月)。

一と月遅れの9月13日が、十三夜(後の月、豆名月、栗名月)

 

何故、後の月を十三日に祝うのか、理由はよく分からないが、日本固有の行事のようである。

 

さて、以前の話だが、十三夜に一杯やろうということになった。庭に、八畳ほどの広さに、薪をぐるりと積み上げてあったので、そこでやろうということになった。中央には煉瓦を積んで、薪を燃やす炉を作る。薪の壁の内側に、丸太を半分に切った椅子を4つ置く。

 

大鍋に野菜と肉を入れ、味噌味にして芋煮鍋である。あとは、一人一品の持ち寄りの品を並べる。月明かりと焚火の明かりだけの野外パーティーの始まりである。


しばらくして、メンバーの最後の一人がやって来た。これで全員そろった。

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41   ほどほどに咲くこと知らず金木犀   章子

2010年10月21日 | 

金木犀の花は目立たない小花だが、たとえ小木といえどもその香りは強く、作者の言わんとするのは勿論その香りのこと。


芳香剤としても使われるくらいだから、とても人に好まれている。三島大社には樹齢数百年の金木犀があり、その大木が満開になると、一里四方に香りが及ぶという。


しかし、よい香りとは言っても、度が過ぎれば不快感を抱くかもしれない。体調が悪かったり神経過敏になれば尚更である。


それにしても、どんな草花も人の都合の良いように「ほどほどに」咲くことはないのだ。あるとしても、それは単なる偶然に過ぎない。

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40   母と植えし金木犀のむせる香よ

2010年10月20日 | 

 人の死を間近に接した初めての経験は、母だった。クモ膜下出血で緊急入院し、わずか一週間で旅立ってしまった。

 

母を一言で言えば、情が深く、かつ理論的でもあった。

今、こうして振り返ってみると、母から学んだ一番大事なことは、
「何かものごとをするとき、手段をどうするか、段取りをどうするか、結果をどう予測するか、をよく考えてから行動しなさい」ということだろうか。

 

だから、よくよく考えてみると、今の私の行動を規制しているのは、確かに母なのだ。

 

さて、母を亡くしてまもなく、私は俳句を始めた。この句は、その頃の初心の句である。
句は拙くとも、深く心に刻まれている。

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39   秋高し托鉢僧の白き足   豊春

2010年10月19日 | 

三島市沢地には、臨済宗妙心寺派の円通山龍沢寺がある。開祖は白隠禅師。


山本玄峰老師が太平洋戦争終結にあたって、内閣総理大臣鈴木貫太郎に『耐え難きを耐え忍び難きを忍び・・・・』と提言したことでも有名である。

 

先々代の中川宗淵老師は、俳句も堪能だった。

 

さて、熱海にも龍沢寺から修行中の托鉢僧がやってくる。その僧の巻いた白い脚半と秋高しがマッチして、実に爽やかな光景である。

 

龍沢寺では、毎年11月23日に「観楓祭」という行事があり、寺所蔵の掛軸などが虫干しを兼ねて一般に公開されている。また、裏山では野点の席が設けられ、紅葉の見物を兼ねて多くの参拝者が訪れる。

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38   彼一語我一語秋深みかも    虚子

2010年10月18日 | 

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藁葺き屋根の農家の囲炉裏のある部屋。床も壁も天井も煤で真っ黒。囲炉裏には薪が燃えて、鉄瓶の湯の湧く音が聞こえている。

 

櫛刺しの山女(やまめ)が焙られ、いい匂いが漂っている。一升瓶がドンと置かれ、湯呑み酒・・・・・

 

そんなこと一言も書いてない、などと言うなかれ。俳句鑑賞の面白みは、こういうイメージが膨らむところにあるのだから。

 

今年の作柄・農業戸別所得補償制度など政治の話・管総理や民主党の話なども。


夜も更けて、松風に耳を澄ませ、話もぽつりぽつりと途絶えがち。

稲刈りが終って安堵している二人なのだ。

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37   病棟の長き廊下や秋の暮   照子

2010年10月17日 | 

この句の本意は、単なる病院の廊下が長い、と言っているのではない、と思う。

 例えば、手術直後の患者がいたと想定してみよう。
健康な人にはわずかな距離の廊下であっても、歩くとなれば患者にとって大変なことではないか。

 例えば、末期ガンの患者を見舞うと想定してみよう。
患者が、ガン告知を受けているか、いないかで対応も異なってくるのだが、患者にどんな話をしようか、笑顔で見舞いたいのだができるだろうか?と色々思い悩むはずだ。。
場合によっては、しっかりした心構えができるまで、もう少し待とうと、見舞いを止めてしまうかもしれない。

いづれにしても、短いはずの病院の廊下は実に長く感じられ、足取りも重いに違いない。

まして、秋の夕暮ともなれば・・・・

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