Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

土筆(158)

2018-08-17 17:33:25 | 日記

 彼は最後に蛍さんの真っ赤になった顔を面白そうに笑って見詰めると、黙って彼女の傍を離れて、元の投石場所に戻り屈み込みました。彼は極めて冷静に自分の穴までの道筋を計ってみるのでした。その後もあれこれとゲームの盤面に当たる地面を眺めていましたが、ふいと立ち上がると

「さあ、やろうぜ。」

続きをしようと、次の順の茜さんににこやかに投石を促しました。

 蛍さんの方は全くあらぬ疑いを掛けられたという態で、蜻蛉君が去った後は窪みの側で悔し涙に暮れていました。そんな彼女に蜻蛉君は邪魔だから退けよ、遊べないだろうと指図までするのです、蛍さんはすっかり気落ちしてしまいました。

 『穴なんか掘っていないのに、蜻蛉君は私が掘ったと思っているんだ。』

そう思うと彼女はすっかり元気を失くしてしまいました。抗議の言葉さえもう頭には浮かんで来ないのでした。彼女は悔しいというより悲しい気持ちで胸が一杯でした。細々と涙が溢れ出て来ます。彼女は遊び仲間に信用されなかった事が無念で残念でなりませんでした。それが彼女には酷く悲しい事なのでした。

 自分は誤解される様な事をする子だと思われている、今までそんな事を思われるような事をしてきた事が無いのに、父の教え通り常に誠実に正直に、正しい事をしようと肝に銘じて日々を過ごして来たのに、そんな自分が常日頃遊んで来た友達は自分を信じてくれていないのだ、その事が彼女にはとても辛くて切なくて悲しいのでした。


土筆(157)

2018-08-17 17:22:25 | 日記

 「この穴ホーちゃんが掘ったのか?」

ごく平静な何時もの彼の声と調子でした。

「ホーちゃんの掘った穴だろう。」

 蛍さんは思いも掛けない彼の言葉に、大きく口を開けると一瞬ポカンとしました。呆気に取られて言葉も出ないという状態です。そしてもごもごと口籠りました。暫くは本当に言葉が出ません。蛍さんはそんな自分の状態を自分でも不思議に思うのでした。彼女は誤解を解こうと何度か声を出そうとしました、が、やはり思うように言葉が出て来ませんでした。少し間をおいて、彼女は漸く声が出せるようになると、蜻蛉君にまさかと否定しました。

 次に彼女は酷く憤慨して、何て酷い事を、そんな事私がする訳無いじゃないの、大体、この穴のおかげで蜻蛉君の石が穴から外れたんだじゃないの、その事を私は親切に教えてあげているのに、この穴をそんな私が掘っただなんて、…。と、顔を真っ赤にして蛍さんは彼に猛烈に抗議したのでした。激怒した蛍さんはもうこれ以上は無いという程の興奮状態に陥っていました。

 「酷いわ、何てこと言うの、蜻蛉君なんて大嫌いよ!、もう遊ばないわ!」

彼から顔を背けると、彼女はぷんぷんとして腕組みし、ふん!とばかりにそっぽを向いてしまうのでした。

 そんな蛍さんの憤る反応を蜻蛉君はジロジロと眺めていました。自分の言った事にどう反応するか、彼は蛍さんを子細に観察していたのです。それが、彼女が怒れば起こる程、何故か彼には面白く感じられるのです、つい笑ってしまいます。そして彼は、そんな自分達の様子に気付いているのか気付いていないのか、相変わらず我関せずで自分達2人のやり取りから身を背け、俯いている茜さんの様子もちらちらと窺い見ていたのでした。


土筆(156)

2018-08-17 08:44:49 | 日記

 『彼女が穴を?もしかすると僕にも?』

そうだったのか!と、蜻蛉君は天啓にも近い閃きに非常なショックを受けました。今迄のこの遊びの中での不審な場面があれこれと脳裏に浮かんで来ます。その時の茜さんの顔つきや態度など、心に留まった場面も後から走馬灯のように彼の脳裏を流れて行きました。その時は怪訝に思っただけでしたが、こう閃いてみると彼女の所作に思い当たる所が幾つか有りました。

 同じ穴の狢、悪戯仲間とばかり思っていた茜さんが、勝つ為には気心の知れた仲間同士の自分にさえこうやって策を講じていたのだと、彼は初めて思い至りました。これは今の彼にとって生まれて初めての新鮮で衝撃的な出来事でした。

『そうか!、仲間でさえ勝負の上では別ものなんだ。』

彼はじーっと窪みを見詰めました。茜さんの勝負への執念と狡猾さを感じます。

 それから、彼女と同じ様に勝負好きな彼は茜さんに負けた悔しさと、裏切られた無念さと、彼女の勝負に賭ける情熱に魅了されるのでした。彼女の生き様に共感めいた尊敬の念まで湧いて来ると、彼は爽快な気分で微笑して、その目をそっぽを向いている茜さんに向けました。

 「これが寝首を搔かれるという事なんだ。」

彼は再び神妙な顔に戻ると俯き加減で呟きました。そしてもう1度彼女が作った作為的な窪みを見詰め、顔を上げると、自分の考えを確認する様に蛍さんの顔をじっと見つめ、横柄に尋ねました。