「ほー、ホーちゃん余裕だな。」
蜻蛉君が真顔で声を掛けました。
「一寸勝ったからって、武蔵じゃあるまいし。」
茜さんも機嫌の悪そうな声でぼそぼそっと呟きました。
2人は遅刻だよと、真面目な顔をして蛍さんに顔を向けるのでした。その2人の顔を見た蛍さんは照れ笑いしました。
「ごめんごめん。」
彼女はそう言うと、来る途中で八百屋のおばさんと話をしていたのだと言い訳しました。実際、蛍さんは来る途中におばさんと顔を合わせ、ほんの少し話をして来ていましたが、それはここへ来る時間を遅らせる為でも有りました。案外作為的な蛍さんです。
彼女が遅刻したのには理由がありました。昨日より前までが負け続けだった彼女には、昨日の思いがけない勝ちが何と無く面映ゆくて、今日になると完全に照れてしまい、皆と顔を合わせるのが気恥ずくなってしまったのです。それで何時もの様に早くに来られずに遅れて来たのでした。
しかし、待たされた2人にすると気分は良くありません。何時も勝ち組だっただけに昨日の完敗が癪に障るのでした。今日はその雪辱をと勢い込んで来たのです。それなのに当のお目当ての争い相手、蛍さんがなかなかやって来ません、待つ身は長いです。彼女の遅れが相当癇に障っていました。言葉や態度は抑えていても、2人のその目の内にはメラメラとした闘争心が燃えたぎっているのでした。