Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

土筆(169)

2018-08-26 09:09:12 | 日記

 傷痕といっても彼女の長男の東雲さんの物は腕にでしたから、長袖などの袖で隠す事が出来る痕でした。が、蛍さんの場合は顔という目立つ場所、しかも女の子の顔の傷ですから、将来の縁談に差し障るのは必定でした。

  ここで、今までの被害者の親という優勢な立場から形勢は逆転し、曙さん達母子は加害者の親として非難の矢面に立たされてしまいました。母は一遍でシュンとすると色を失いました。事の発端、自分の傍らの息子の顔に怒りに燃える目を向けました。曙さんはこの母の自分を責める憎悪の眼差しにあい、己の旗色の悪さを知ると、黙りこくって身じろぎ一つせず身を硬くするのでした。曙さんの母は目の前の息子を見詰めると酷く暗くなり沈んだ表情になりました。事の重大さを考えれば考える程、これから後々の姪の将来が思い遣られます。母子は皆の前で畏まってしまい言葉も無いのでした。

 ここで孫達の祖母が助け舟を出しました。

「まぁ、あんたさん、一遍家へ帰って、その子に蛍にしたと同じくらいの力であなたの娘の茜の頬を1度抓らせてごらん。茜の頬に窪みが出来なかったら勿論この件とは関係無いし、もし茜の頬に蛍と同じ様にあんな窪みが出来たなら、それはやっぱり本当に曙の責任なんだよ。そうなったらそれで、それからこの事について如何するか考えようじゃないの。」それでも遅くないだろうと祖母は言うのでした。

「笑窪かもしれないだろう、笑窪、こんな風に頬に出来る笑窪という物が世の中には有るんだから。」

蛍にもそんな笑窪が出来たのかもしれないだろう。こう祖母は曙さん達の母に言うと、立ち上がるために中腰になり、沈んでいる彼女の耳元に口を寄せました。

「この人が何回も煩くてね、呼び出して申し訳ないね。」

祖母は彼女の耳元にぽそぽそ小声で囁きおわると、よっこいしょと立ち上がりました。これでその場はいったんお開きとなったのでした。