「あの子がね、」祖母が話し出した。昨日になってから急にあの人と別れたくないと言い出して…。今日あれが兄と一緒に話に来るから、私に黙っていてくれと言ったんですよ。自分の傍で話だけ聞いていてくれと。そんな事を祖母は言うと溜息を吐いた。
祖父はなるほどなぁと聞いていたが、「それではあれは今日は帰って来ないかもしれないなぁ。」と言うとやれやれと嘆息した。
「帰って来ないって?。」
祖母が驚いて訊くと、祖父は「あれはさっき履物を持って裏に回ったから、そのまま裏口から出たのだろうさ。」と不平そうな口調で答えた。
「今頃はあの娘(こ)と一緒に、あの娘に付いてあの娘の里にでも行ったのだろう。」
祖父の言葉に祖母は再び驚いた。
「本とですか?。じゃああの子は置いて行かれたんですか。」
2人揃って、とんだ親ですね。それではあの子は如何しましょう。と祖母が言う中、なあに、私もお前もまだまだ達者だよ。1晩2晩いいじゃないか。祖父はそんな事を言ってにこやかな声に変わった。祖父母の話の一部始終を隣の部屋で聞いていた私は、話の終わり頃からの祖父の機嫌の良さを喜んでいた。
さて、その晩の夕飯時、私は父迄もがいない事に怪訝な思いをしていた。母は出て行ったと分かっていたが、実の家の父迄もがこの家に居ないのが大層不思議だった。
「お父さんは?」
祖母に聞いてみる。そうさねぇと祖母は言い淀んでいた。祖父の顔を見ながら、如何した物でしょうね、あんたさん。等言うと祖父はにこやかに笑みを浮かべて、まぁ、その内父さんも母さんも帰って来るさ。と言うものだから、お母さんも…?。と、私は祖父の答えを摩訶不思議な事と捉えて首を捻るのだった。