祖父の言う事は当たっており、一週間も過ぎた頃の家の中には元通りの皆の顔ぶれと、一悶着起きる前のそれまでと何ら変わりの無い日常の生活が戻っていた。
母がこの家に戻って来てから2日目ぐらいだったろうか、私は食後の居間で祖母の膝に乗りながら吹き抜けの高い天井をぽかんとして見上げていた。この時の私は、改めてこの不思議な出来事について感慨深く感じていた。私が見上げる遥かに遠い天井、それと同じ位に計り知れない大人の世界、この世の不思議というものを漫然と感じて、只々、…、多分呆れていたのだ。
「不思議だ…。」
そんな言葉を呟きながら、自分を膝に乗せる祖母の顔を見上げて見たり、時折廊下から居間に現れる母の跡を目で追って、その顔をじーっと見つめたり。そんな私を、祖母が代わっておくれと居間にやって来た父に預けると、今度は私は父の胡座に収まり、上を向いて天井と父の顔を交互に見やって奇妙な顔をして彼を眺めていた。
「合点が行かない。」
そう思わず呟いてしまった。
父は直ぐににこやかな顔を私に向けて、一寸私の体を片膝にずらして乗せると、私の顔を覗き込み優しく穏やかに如何したんだいと尋ねてきた。そのニコニコと優しく笑う父の顔に、私はこの時の正直な自分の気持ちを吐露し始めた。
何故、母は母の嫌な所に戻って来てああもにこにこと立ち働いているのか?。また、祖母は何故、あんな人と母を怒っていたのに、やはり笑って母と仲良く話しをしているのか?。そう聞いてみた。
父は笑顔を崩さずに皆本当は仲が良いのだとか、家族円満が家の幸せの秘訣だ等と言うと、家や自分に福を呼び込む様に如何にも朗らかにハハハ…と高笑いした。私は益々不思議な感じがした。それで、一体全体、障子に穴をあける様な変な人に、お父さんはあの人に帰って来て欲しかったのか、と尋ねた。変だねぇと。すると父は、窺うように廊下の方へ視線を向けると、帰って来て欲しかったさ、お父さんはね。等と答えたのだ。
如何して?。私は、私に障子に何でもするなと言ったのは父自身なのに、父の言っていた下等な人、そんな下劣で変な人に何故帰ってきて欲しかったのか、と全く理解出来ずに尋ねた。父は、それはなぁ、
「それは、お父さんが好きだからだよ。」
と、間を空けずに彼から答えが返って来た。
私はこの思いもかけなかった父の答えに、驚くと共に混乱した。何故、そんな下等で下劣だと言っていた人が、そんな人間を好きなのか?。
『もしかしたら、父も下等で下劣な人間なのかもしれない。』
私はふとそう思った。思った私はその儘に父に問い掛けて、彼の膝からええいと追い出されてしまった。