Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華4 25

2022-02-14 11:05:51 | 日記

 なんて嫌な気分だろう。海泥の底どころか、ドブにでも沈んだ心地だよ。こんな嫌な気分になるなんて…。「子を持つんじゃ無かった。」彼女はこの言葉を飲み込んだ。と、思っていた。

 微かに母の口から零れた言葉。沈んだ自分の母の表情を目にしながら、清はハッと我に返った。思わずキョロキョロと辺りを見回した。何時もの自分の家の寝床である。部屋の隅に台所の流しが有り、母がいる。母の服装はこの地方の家にいる時のそれだ。『ここは家だな。』彼は思った。

 時折、両親の実家に旅して寝泊まりする。そんな数日の入れ替わり立ち替わりに、幼い清は対応出来ない時があった。今現在の自分がどの世界にいるのか把握出来無くなるのだ。差目覚めた時、友達と遊ぶ時、場面や言葉が重なる時、同じ様な状態に自分が置かれると、彼は過去の記憶が現在の意識と重なってしまうのだった。

「これは本当だな。」

夢じゃ無い。清は再び、今自分がいる8畳一間程の2階の部屋を見回してみた。それから自分の母を見る。彼女は清の視線を避ける様に俯き、その顔を逸らしていた。その背後には先程彼女を手こずらせていた黒電話がきっと置かれている事だろう。清はあれこれと考え始めた。

 何を怒っているったって、こっちに分かる訳無いんだ。向こうの気持ちだからな。大体、急に顔付きが変わって、怒鳴られて怒られるんじゃ、こっちは分かり様も無いと言うもんだ。こちとら子供なんだよ。いい大人の気持ちが分かり様も無いと言うもんだ。

 そう考えると、清は無性に腹が立って来た。目の前の花瓶の花が萎れた様な母の姿も彼には気に入らなかった。『萎れた花なんて、何時迄も惜しそうに花瓶に置いとくなんて…。』『大嫌いだなあんなクズっぽいもの。』彼は思った。今目の前の彼の母の立ち姿は、清には特に気に食わ無い容姿であった。

 しかも何だよ。子を持つんじゃ無かった、って、あの人の子というと、俺だな。俺が要らないって言う意味だな。如何言う了見なんだ、親だろう。あんな女、家の事なんて何にも出来無いで嫁になって、母になって、子供が要らないだ…。これが子を持つ親の言う言葉なのか!。彼は大いに憤慨した。きっとした目をして彼は彼の母を睨みぎりぎりと歯噛みをした。

 ギシギシっ…という歯軋りの音に、清の母である彼女はハッとした。

「お止し!、歯に悪いだろう!。」

彼女は直ぐ様自分の子の身を案じて叱咤した。顔を上げて彼女の息子に視点を定めると、彼の酷く怒った形相が彼女の目に映った。それは紅蓮の炎を纏った仁王像の面、その物に見えた。