結局、その方の取り成しも有り、一旦事は治まり、もう陽が傾いて来た、夕暮れが近いと祖父に言われた私は、振り返って空を見上げ、金色がほんのり朱色を帯び始めた雲の端を眺めるのでした。
私達祖父孫は、家族が待つ我が家の墓前へと歩み出しました。所がふと私が気付くと、祖父は私の傍に姿が無く、振り返ってみると私からは数歩遅れていて、私達の間には幾分距離が出来ていました。家族のいる場所迄は未だ距離が有りました。付近には他所の墓が立つのみです。祖父は私に追い付くとその場に立ち止まり、どうやら人気が無いのを確認した様子です。かれは私の側に寄ると再び私に語り掛けて来ました。その中には多分に欲の話が有りました。主として財欲と名誉欲だったようです。詰まる所祖父は、私に欲を持たないと駄目だと言うのです。
人間生まれたからには欲を持って、立身出世を目指すべきだ。昔なら(明治時代の祖父に取っても昔の事です)、栄誉栄達せよ等言われた物のだ。と、自分も親か祖父母、誰かしらから言われたものだと、彼は微笑して、私をじっくりと見詰めると語り掛けて来るのでした。私が見上げるその様子では、祖父の機嫌は上々のようでした。私には祖父の言動や彼の上機嫌が、何処から来ているのか全く理解出来無いのでした。私にすると、先祖代々を引き受けた、それだけで良いのではないかと思ってしまうのでした。
それで私は、自分の思う所を祖父に伝えた所、祖父は単に家名を継ぐだけでは駄目だと言うのです。再び栄誉栄達等口にすると、家を栄えさせ、家名に名誉をもたらす位の気概を持たないといけない、等、彼の機嫌を損ねて仕舞いました。顔付きも厳しく変化して仕舞いました。こうなると話は祖母の時の延長のような物でした。私はやはりと継ぐのを断り、この話は別の従兄姉に、と、話を元に向けるのですが、お前は一旦この話を引き受けただろうと、祖父も譲らないのでした。以降の私の耳はお決まりの戦法に入り、祖父の話の聞き流し状態でした。馬の耳に念仏です。時候の風が通路を吹き渡り始めると、私の耳を掠めて涼しく通って行きました。
ふと、おい、おい、と、祖父が私に掛けて来る声でハッと気付きました。私が祖父の顔を見て微笑むと、祖父は大丈夫なのかと心配そうな顔付きで見つめて来ました。そうして、祖母と私とはどんな話になっていたのかと、彼は神妙な顔付きで尋ねて来ました。私は祖母が、この家(立物、土地)の事など如何どうでも良い、家名を継ぐ方が大事、家名と墓を引き継いで欲しい、それで良い、と言われた旨を祖父に説明しました。すると彼は思う所が有った様子でした。彼は沈黙し、ゆるりと私に背を向けると暫時、彼は私と関わり合いになる時を持ちませんでした。
祖父の背は物言う事無く、その後の彼は何やら放心の体でうろうろしている様子でした。そんな祖父を見ていた私は、彼が私に対して繰り出す何か次の説得の言葉を探しているらしいと気付きました。そこで私はこの場から逃げ出そうと考え、祖父の様子を窺い走り出す準備に掛かりました。が、それをピン!と察したのが祖父の方でした。彼は私に背を向けていたのに、不思議にも忽ち私を引き止めました。お前何処へ行こうとするんだ、ちゃんとそこにいなさい。と言う訳です。そうして、その後振り返った祖父は私の見る所、頬を赤らめてと言うよりは顔が赤らんでいました。特に頬の先や目の縁が妙な色に赤らんでいました。
さて、ここで私は祖父から祖母とは反対の言葉を聞かされたのでした。
「家系の家は大事じゃない、むしろ如何でも良い、放っておいてもいいんだ。それより、あの家、住んでいる家や土地の方が大事だ。」
と、そんな事を祖父は言い出したのです。私は初の祖父母意見の不一致に出会い、度肝を抜かされました。これ迄の私は二人は図っている、考えを一致させているのだと思っていましたから、そうでは無かったのだという事実に驚き、二人の考えは違うのだと気付きました。仲の良い祖父母が、如何してここ迄来て意見を異にしたのだろう?。私は不思議に思いました。正に私のミステリーでした。
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