Jun日記(さと さとみの世界)

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うの華 61

2019-09-27 09:38:04 | 日記

 夕刻近く、父は夕飯の用意をするように母に言ってくれと私に言いに来た。

「お母さんに?。」

私が?。私が母に夕飯の準備を催促するなど生まれて初めての事だった。「子供の私がそんな事していいの?。」驚いて聞く私に、しかし父はそうだと答えた。

「お父さんより、今はお前が言った方がいいんだ。」

と言った。

 何故大人の父より子供の私の方がと疑問に思った私は、私より家の大人の祖母にそう言ってもらった方が良いのではないか、と父に進言した。実際、普段の食事準備の母への声掛けは祖母の方が父より多かったのだ。父はそんな私に対してそれ迄に無く酷く優しい目をすると微笑んだ。この時の彼は笑顔だったが、その笑顔から何だか寂しそうな雰囲気が漂って来るのを私は感じた。そして、縁側にいて座り込んで庭を見ていた私に合わせてしゃがみ込むと、元気の無い声で言った。「この家の跡取りのお前からの方がいいんだ。」

 この家の跡取り、私に取ってこの言葉を聞くのはこれが最初では無かった。家内でも祖母から、外では近所の商店の誰それ、おかみさんやご主人等言う人もいたし、家の商いの取引先等でも、祖父や父と共に連れられて行った先でこう言った人がいた。

「跡取りさんが出来て良かったですね。」

仕事先ではそういった物言いだった。つまりその家に子供が出来て、後の後継者が確保されて目出度いというような褒め言葉、お愛想、追従のような言葉だったが、私はぽつぽつとこれ迄に聞いたこの言葉に、この時迄に既に慣れて来ていた。

 そうか、それなら引き受けたと私は合点した。分かったよお父さんと私が言うと、父は可笑しそうに目を輝かせて笑った。へぇそうかいと、私の反応を愉快がってはははと笑った所を見ると、父の言葉は何時もの冗談だったらしいと私は思った。父はよく子供の私を揶揄うように冗談を言った物だ。

「お母さんは裏の出口の方にいるよ。」

そう言って父は母の所在を私に教えてくれた。


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