「おーい、蛍。」
にこやかな明るい声、それは蛍さんを呼ぶ彼女の父の声でした。
蛍さんは声のした方を見てみますが、父の姿は全く見えません。声はすれども姿は見えず。
声がしたのは廊下の入り口の付近でした。が、入り口を見ても彼女の目に映るのは戸口だけ、父どころか人の姿形も見えません。
「おいおい、蛍。」父の声はさっきより大きくて間近になって来ました。しかし、やはり声のする方には誰も見えません。
蛍、蛍、おいおい、見えないのかい?父の声に、蛍さんは如何も父が見えないという自分の方がおかしいのだろうと感じます。
これだけ間近に父の声が聞こえるのに、いくら頭を振り回して声の付近を探しても、そこに父は全然見えないのです。
「うん、お父さん何処にいるの?」
蛍さんは声は聞こえるけれど、お父さんの姿は全然、何処を探しても見当たらないと答えました。
うーん、ちょっと待てよ、と困った感じで父は言います。お前1度目を閉じて、頭を振り回さないでじーっとして、
少し頭を落ち着けてから、そ―ッと目を開けてごらん。そう父はアドバイスしました。
蛍さんは父に言われた通りに目を閉じると、じーっと静かに頭を落ち着かせてみます。あれこれ考える事も止めました。
頭の中も、外も、じーっと落ち着かせてみたのでした。
彼女はしばらく目を閉じていると、辺りがしーんとしているだけに、何だか暗い中にいるのが不安になってきました。
もういいかなと、そ―ッと瞼を上に上げてみます。
瞼が上がると、それと一緒に目玉がくらくらします。あれれと蛍さんが声を出すと、
父の声がもう少し目を閉じていなさいと言いました。。蛍さんは目を開けるのを止めてこの声に従います。
「じーっとしているんだよ、今お父さんが目の上からマッサージしてやるからな。」
そう父の声は優しく言って、蛍さんの両の目の上に、そ―っと手らしい物が触れると、優しく穏やかに撫でてくれるのでした。
蛍さんはふと、ここはお寺の事、昔話に出てくる狐にでも化かされているんじゃないのかな、と思いました。
それで、
「本当にお父さん?」、狐じゃないよね。などと冗談めいた声で問いかけてみるのでした。
実は本当に蛍さんは半信半疑でした。何しろ父の姿は見えなかったのですから、声だけ父で、実はその姿は…。
そう思うと一刻も早く自分の目で父の姿を確認したいのでした。
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