その日2人は連れだって、私の父が言ったように寺へとやって来た。何も言わなくても、史君と私は申し合わせたように墓所へと足を向けた。何時もの場所に差し掛かると、果たして住職さんがその場所にいた。が、今日は本堂の上の場所、欄干の内側、木の板が並べられているその上に立っていた。
「来たかね。」
そう朗らかに住職さんが言った。私はにこやかに無理無く、おはようございますと朝の挨拶をした。私がお寺に遊びに来るには早朝と言える時間で、境内には未だ少しひんやりとした空気が残っていた。本堂にどっしりと足を据えた彼は、私の父から聞いていると言うと、私にではなく史君の方に話が有ると言う。
そこで私は2人から離れた場所に行こうと釣鐘堂の傍らにより、彼等には背を向けてお堂の上を見上げた。そしてしげしげと釣鐘堂の造りを眺め出した。この頃の私はそろそろか鐘には飽きた頃だったのだ。屋根の裏側に渡されている、桁や桟の様な木材の造りを眺めて見た。こうやって屋根の内側を見るのは私には初めてであり、酷く興味深く面白かった。
程無くして、
「聞けばお前も不憫な子だ。」
住職さんの声が私の耳に聞こえた。私が振り向いて彼等の方を見ると、「その子のお供で寺に来るという事で、」と、彼は私の方を顎で指し、視線を私に向けた。そして
「この寺への出入りは許可しましょう。」
と史君に告げた。
その言葉を聞くと、私は言われた意味を理解して何だか誇らしく嬉しくなった。満面の笑みを顔に浮かべて住職さんを見やった。そして次に史君を見た。
史君は最初、私の目には元気無く項垂れた感じに見えた。が、一呼吸して彼がぐっと顔を上げて私の方を見詰めて来るその顔を窺うと、そう取り立てて普段と表情は変わっていない様に私には見えた。彼は元々いつもまじめな感じの顔をしていた。目も何時もくりっとして見開いた感じでいた。そんな何時もの彼の表情だった。
住職さんの言葉に笑顔になった私は、この時、私のお陰で史君は私と共にこの境内で遊べる事になったのだ、と優位を感じていた。また、父がそう便宜を取り計らってくれたのだと一人合点し、非常に嬉しくなり満面の笑みになった。そして今朝出がけに父に邪険な態度を取った事を後悔した。
『家に帰ったらお父さん謝ろう。お礼を言っておかなくちゃいけない。』
云、そうしよう。私はこくりと頷くと、住職さんと史君がまだ何やら話している様子を眺めて、その場でその儘静かに傍観していた。
が、2人の話し合いは思ったより長く、退屈して来た私は再び目を展じ、今度はお堂に吊り下がっている大きな塊を見上げた、青銅の大きな鐘に刻まれている文字や刻印、凹凸の模様、等見詰めてみる。
私は父から聞いた宗教についての話を思い出した。その時の私の目には釣鐘が神々しく見えた。私は家の宗教である仏教ってよい物だなと感じていた。険悪だった住職さんと史君の仲が良くなったのだと考え、世の中が平和であり良かったと感じていた。朝の清涼な大気の恩恵を受け、しみじみと嬉しく幸福を感じていた。
当時は終戦後未だ戦禍の覚めやらぬ時代と言え無くもなかった。大人は未だ平和の尊さを謳っていたし、折に触れて戦争の悲惨さを嘆いていた。2度と再びと口にしながら、またいつ何時戦争が起こるだろうかを恐れていた。私は常に、周りの大人から平和が一番だと教えられていた。そして周囲の大人は戦中と比較して、今の世の中が如何に平和になったかを述べると、「ありがたいねぇ。」という言葉で締め括った物だ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます