そんな風に紫苑さんが去って行く後姿を、街路樹の欅の影からそっと覗いて見ている1人の人物がいました。それは彼を見守る鷹夫ことミルでした。
やっぱりねと彼は思います。彼は紫苑さんが必ず自分の身上調査をするだろう事や、彼の設定している大学にまで確かめに来るだろう事を予想していました。
「カリキュラム迄尋ねたそうだけど、一体どうするんだろう?。」
この頃のミルは未だ紫苑さんの元教授という経歴を知らないでいました。ミルが紫苑さんの身の上を尋ねなかったのと、紫苑さんが自分の身の上については特に彼に語らなかったせいでした。ミルは紫苑さんが立去った大学の窓口に後から姿を現すと、紫苑さんが今何を訊いたのかと尋ねたのでした。
「何だかっ自分が知っていた人に似ていた人みたいだったので。」
と、笑顔のミル。彼も紫苑さん同様、窓口の人に適当に質問理由をでっち上げたのでした。親切な事務の人は手短に紫苑さんの話の内容をミルに話して聞かせると、にこやかに付け加えました。
「気の良いお知り合いね。」
ここで良い人と知り合ったのね。と目に悪戯っぽい笑いを湛えて優しく言うのでした。この時、事務の女性は、紫苑さんが元教授だという事をミルには伏せておきました。彼女は後のお楽しみという感じでミルに悪戯っぽく隠しておいたのでした。
その為、ミルは後日何時もの図書館で、机に座っている自分の目の前に紫苑さんが何冊かの本を山と積み上げると、これこれと話だし、かくかく云々で自分は君にアドバイスしてあげられるよと、にこやかに親身になって声を掛けて来たので、殊の外意外に思いました。机の向こう側に立っている紫苑さんを見上げた彼は、目を丸くして驚く事になったのでした。
「紫苑さんが、元は大学の教授だったとは。」
『お釈迦様でも気が付くまい。』か、と、にんまり笑った紫苑さんは思いました。
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