確かに、『風姿花伝』 が世に紹介され刊行され広められてきたことに、岩
波書店の創立者岩波茂雄の思い=思想を見ることができますが、だからと
いって岩波文庫「日本思想」の第一番目に、この本がすわる理由としては弱
いのです。
能という芸術が武家階級に後援されていたにもかかわらず、戦勝を謳歌する
曲をつくらなかった点を注目してよい、とは「ブリタニカ百科」での言です。 武人
の魂が、救いを求めて現われる修羅能の『八島』『清経』『実盛』などに当時の
武士たちは心惹かれたに違いありません。 演ずる方も「衆人愛敬(しゅうにん
あいぎょう)=みんなから愛されること」という目的を掲げ、貴族、僧侶、農民な
ど観客に感銘を与える美学を「花」として追い求めていきます。
また、和歌の本歌取りにも模せられる、古典を題材とした能作づくりでは、『古
事記』から『曾我物語』までにわたっているそうです。 さらに、新作能にはキリス
ト教に題材を求めた『使徒パウロ』のようなものや、『智恵子抄』では口語の能、
洋服の能など実験的な試みもされています。
こうみると、『風姿花伝』にこめられた芸術精神は、日本民衆の本質的に開か
れた進取の気風を擁する精神土壌に根をはっていることに気付かされます。
岩波書店は文庫を発足させた1927年から5年後、『日本資本主義発展史講
座』の刊行計画を発表し、この講座は同年・1932年5月に第1回配本を発行し、
翌年8月に第6回配本を行なっています。
この講座と岩波書店、そして中心になった日本共産党の理論家・野呂栄太郎
について、不破哲三さんの 『歴史から学ぶ 日本共産党史を中心に』 にもとづ
いてすこし触れてみます、明日……。