kaeruのつぶやき

日々のつぶやきにお付き合い下さい

カエル、「帰る」。

2015-03-11 21:55:47 | せいじの政治カフェ

四年目の 「3・11」をこの記事で迎えました。

いつもの「しんぶん赤旗」です。今日は志位委員長の談話がでています。

⇒ http://www.jcp.or.jp/web_policy/2015/03/post-690.html


福島県双葉郡川内村についての以前の「つぶやき」です。

ふたつの川内。 2014-09-29 |

3・11以降最初の総選挙です。 2012-11-25


大きな流れのなかで……。

2015-03-10 21:49:07 | ブログ仲間

 

 昨日の予報では今日は朝から氷雨模様かと、でもよく晴れた一日の始まり、「しんぶん赤旗」の「読者の広場」に鎌倉の日野さんの投稿がありました。日野さんはヒット歌謡 「氷雨」 の日野美歌のお父さんです。投稿の内容は70年前の父親との思い出です。

日野さんについて、以前このブログでも触れました。

 ブログは天下の回りもの。 2013-10-13 

現在毎日のようにブログ付き合いをしているchidoriさんこと村永さんとの知り合い始めた頃です。

この頃からのブログ付き合いが「てんがらもん」の視聴につながり、一年後にはもう一人の仲間のワイコマさんにお世話になり信州は上高地をはじめ、二泊三日の旅行となったわけです。

村永さんは鹿児島からでしたが、途中広島、大阪からの参加と6人、お互いはじめて(chidriさんとワイコマさんは春に顔合せ)という関係、それがまた楽しい!という三日間でした。

そして今年も信州で、来年は鹿児島へ、と話が進んでいます。

こうして、日野さんの書かれた父親のことなどを知り、日野さんも含めて70年前からの平和とか民主主義、そのうえにすすめてきた文化活動など、大きな社会の動きのなかで同じ方向を歩いていたのだ、との思いが強まります。そして、ブログというインターネット社会の生みだした交流手段の可能性をしめすものだとも思います。


河津桜。

2015-03-09 15:49:01 | kaeruの五七五

 今日は朝から寒く明日は雪になるかも、とkaeru夫人は言いながら小雨の

なかを買い物に出かけました。

 こういう時は内にいるに限ります、なにか温かくなるものをと河津桜の写真

です。 先日あるブログで最近写した河津桜の一枝の先に開ききった四輪ほ

どと蕾の奇麗な写真をみました。 それが頭に残っていて河津桜を検索して

みました。

 上の写真はWikiのもので文字通り河津町の桜でしょう。

 河津町では「伊豆河津桜まつり」がいま行なわれてます、こちらで見られます。

  ⇒ http://www.kawazuzakura.net/ 

 

 季語に 「冬桜 寒桜」 があります。

  仰ぐたび人は老いゆく寒桜   木村日出夫

  寒桜交はり淡くして長し     古賀まり子

  耳たぶのふくふくと育つ冬桜  上田日差子

   (先日お会いした91歳の福耳を思い出しました)

 散り急ぐなかれよ沖縄寒桜    中川榮子

  (この句はいつ頃詠まれたかわかりませんが、沖縄の桜開花情報では、

   ⇒http://mm-ohanami.sblo.jp/article/54251334.html

   盛りはもう過ぎているようです)


88年前に、あったこと。

2015-03-08 19:58:05 | 中間詩的つぶやき

【kaeru-23 さんが 2014年03月08日 に書かれた記事をお届けします。】

ということで、gooからのお知らせと昨年の「つぶやき」です。

以下に掲載します。

【 後期高齢者の命の尊さ。

 「kaeruのつぶやき」のブックマークにもなっていますが、ブログ友という

より先輩の「雲=gooブログはじめました!」さんが、今日誕生日満87歳に

なりました。

 
今年も雲さんに「米寿、おめでとうございます」、をお届けしました。
 
私の10年先輩で、1927年生まれ、どんな年だったのか、年表をめくって目につい
たのが7月24日の芥川龍之介の自殺です。
当時新聞に発表された「手記」に自殺の動機について、「或る友人に送る手記」とし
てこう書かれています。
 
「 君は新聞の三面記事などに生活難とか病苦とか、或いは精神的苦痛とか、いろ
いろ自殺の動機を発見するであろう。しかし、僕の経験によれば、それは動機の全
部ではない。(略)(自殺者は)何のために自殺するかを知らないであろう。それは我
々の行為するように複雑な動機を含んでいる。が、少なくとも僕の場合はただばんや
りした不安である。何かただぼんやりした不安である。~」 
                               (1927年7月27日 東京日日新聞)
 
同じ「手記」のなかに
「 僕の考えたのは僕の自殺する場所である。僕の家族達は僕の死後には僕の遺産
にたよらなければならぬ。(略)僕は僕が自殺したために僕の家の売れない事を苦に
した。従って別荘の一つもあるブルジョア達にうらやましさを感じた。君はこういう僕の
言葉に或るおかしさを感じるであろう。僕もまた今は僕自身の言葉に或るおかしさを
感じている。」 とあります。
 
 芥川の自殺をうけて書かれた文芸評論 『「敗北」の文学』 を宮本顕治が著したのは
翌々年の1929(昭4)年8月です。
 
 芥川の手記にある「ばんやりとした不安」こそ、宮本顕治が 『「敗北」の文学』 で立ち
入って解明したものであり、現代でも精神の科学性を何処に求めるべきかを示してい
ると思われます。
 それにしても雲さんの88歳を機に久しぶりに手にした 『「敗北」の文学』 、読みの浅さ
を感じさせられます。

啓蟄の俳句。

2015-03-07 22:24:32 | kaeruの五七五

昨日「啓蟄」について書きながら、主なところは「赤旗」のコラムでした。手抜したつぶやきでしたので最小限啓蟄を季語とした俳句を紹介しておかなければ思いました。

では、

啓蟄の蚯蚓の紅のすきとほる   山口青邨

啓蟄の蛇に丁々斧こだま     中村汀女

啓蟄の虻はや花粉まみれかな   星野立子

啓蟄や天使の声のひきがへる   沢木欣一

 

啓蟄のいきどほろしや腹の虫   奥田杏牛

啓蟄の虫も殺さぬ顔洗ふ     華明日香

 

最後に、

啓蟄やあだ名を蛙と付けられし  kaeru


啓蟄。

2015-03-06 22:59:21 | kaeruの五七五

啓蟄は「けいちつ」と読みます。

私も俳句に関心を持たなければ、多分読めもしないし意味も分からずにい

たでしょう。 カレンダーというより暦というべきかもしれませんが、今日の日

付に書かれているものもあるでしょう。

和暦の二十四節気のひとつで意味するの 「地中の虫がみな動き、戸を啓

(ひら)いて初めてでることをいうと歳時記に書かれています。 今日がその

日だと気づいたのは 「しんぶん赤旗」の「潮流」でした。 お読みいただけれ

ば嬉しいです。

 きょうは啓蟄(けいちつ)。冬ごもりしていた虫たちが戸を開くように、もぞもぞと姿を現し出すころ。ひと雨ごとに暖かくなり、虫にかぎらず、さまざまな生きものがめざめ始めます▼東日本の被災地にも4年目の春がめぐってきます。福島の三春(みはる)町で開花の便りを心待ちにする人がいます。国の天然記念物「三春滝桜」の子孫樹を増やしつづける近内(こんない)耕一さんです。苗木を買ってくれた人たちから届く「咲いた」という便りが心の花だといいます▼「安心して空気を吸って/安心して食べものを食べて/安心して子育てをして/安心して眠る/二〇一一年に気がつきました/それがどんなに幸せなことだったのか」(「いのち」)。福島の二本松市に住む、あらお・しゅんすけさんの詩です▼同じ市の仮設住宅で避難生活を送る浪江町の漁師、桜井治さんは一日も早い漁の再開を夢見ています。「仮設での生活は鳥かごに入れられたカモメのようだ。海の香りもしない、魚の群れも追えない、かごの鳥」▼紹介した3人は本紙の連載に登場しました。いずれも被害者のままでは終わらず、生活を返せ、ふるさとを返せ、原発はいらない、とたたかっています。その姿が一冊の本にまとまりました。『原発ゼロへ 福島に生きる』▼被災者が負った心の傷をくみとってきた社会部の記者は「これからも福島の人びとと、ともに生き、その思いを伝え、原発ゼロを実現するために取材をつづけたい」。被災者に寄り添い、すべてのいのちと相いれない原発への告発です。

 


「てんがらもん156回」 教育とは。

2015-03-05 23:49:15 | 「てんがらもんラジオ」

「てんがらもん」156回 ゲスト 「鹿児島子ども研究センター」 川野恭司さん。

http://www.ustream.tv/recorded/59531116 

 

川野さんは教師です、社会科の授業で歌を歌う先生だそうです。

そのことを村永さんが紹介する前、川野さんの自己紹介の声が耳

に入った時、わずか数語で魅了されました。 そして番組のなかで

歌われた声を聴いてkaeruの耳も満更ではないと思ったのです。

音楽への劣等感を超えて心にとどく声であり歌でした。

 

 それは声の良さだけでなく、教師という「自分」が教室で生徒に対し

たとき、何をどう伝えるか、それに真摯に向き合ってきた姿勢です。

大学在学中の教育実習で得た教えることの難しさ、多くの悔いがあった

が、その悔いから学ぶべきものがあるだろうと自分と生徒に向き合って

きたのです。

 コミニュケーションの苦手な子が増えている、そういうとき教室で生徒

に答えさせ、教室全体に目配りし、うなずいたりのすこしでも反応した生

徒を次にさすなど心配りも語られました。

 その姿勢は学校の枠内だけではなく、お寺の幼児教育や障害を持

つ子どもたちから学ぶなど地域に広がりと深さをもった活動に発展し、

「子ども白書」づくりなど保育運動とも連携をつくっています。

 

 私の孫が夢中になっているゲームから私もスマホでゲームをやりだし

子どもが夢中になることも分かり出しました。 私のゲームは中学校生

向きなのでしょう、画面に高校入試の宣伝が入ってきます。 タブレットで

の通信教育の案内です。 学校現場にもタブレットによる授業が始まって

いるようです。

 知識の伝達や生徒が獲得するシステムは私たちの時代とはまったく変

わって来ているでしょう。 それだけに子どもが成長するのは、子ども同士

もふくめ人と人との関係のなかだけだという「真実」を子どもを理解する基

本として確認できた番組でした。

 

 「つぶやき」終わって、川野さんがアメリカ南北戦争の授業でアメイジング

グレースを歌い作詞した元奴隷商人の話をされたこと、 あわせて番組で

皆さんの歌声が浮かんできました。 


「作業中」です。

2015-03-05 21:39:19 | 「てんがらもんラジオ」

chidoriさんからのこのコメントに。

【ごめんなさい。写真はともかく本文までも?もしアップできるのでした復元してください。
写真も一部ならと(すべてが読み撮れない程度に)とゆかりさんに言われたので、後は本物をお楽しみに…という書き方でとアドバイスいただきました。

コメントまで消えているので。
私も案内のアドバイスそのままにしておきますね。】

 

返信

「記念すべき、入会記事です。修正作業中です。

しばらくお待ちください。」


「ファン・ゴッホ書簡全集」という本。

2015-03-04 21:11:09 | 本のひと言

 この図はアマゾンからの転載ですが、「全集」全6巻の第1と第2が我が家の本棚

にあるのが不思議です。 音楽同様絵画にはまったく縁遠いkaeruの本棚には異色

です。

 絵の本としては 『畫人蕪村』 があります、以前ブログでも紹介しましたが、これは

俳句関係として棚に納まっているわけです。もう一冊 『評伝 奥村土牛』 がありまし

た。 これには覚えがあり、ある年の賀状です、その年土牛の絵画展があり、見に行

く積りですと書きました、結局行けずに終わりましたが。

 土牛を画家として覚えているのは私が丑年で、ある時土牛の牛の絵が強く印象に

残ったからです。 絵に縁がないものと思いながらもやはり少しは惹かれるものがある

ようです。

 

 さて、ゴッホの書簡集ですが、これにつながる微かな記憶があります。 

ゴッホには有名な耳切事件がありますが、それについてある人とメールで意見交換を

したことがあるのです。 ゴッホとゴーギャンとの共同生活が破綻し、精神的苦痛がこう

じて自分の耳朶を切ったわけです。

 それを話題にしたきっかけはメール相手に何か精神的苦痛があったのか、 或いは当

方にそれに類することがあったのか、憶えの痕跡もありません。

 ただ、そういう時期たまたま立ち寄った古本屋でこれが目についたのです。ここに解決

のヒントがあるだろうと、実は全6巻だと知らずに、ですから買った2冊には事件当時の

書簡は含まれていませんでした。

 

 いきなりですが、個人の本棚はその人の精神の皺の様なものではないかということです。

今日午前中、逗子の郷土史家・黒田先生を囲む勉強会でしたが、先生が体調を崩して

欠席されました。 その代わりというわけではありませんが、91歳の尼さんから話が聞け

ました。 その人は逗子にある六代御前の墓守を三浦一族の縁者として続けておられる方

で、60歳で出家され奈良の長谷寺で修業され護国寺の住職をされておられると聞けました。

 

 百歳を迎える黒田先生も、この尼僧も美しい皺をもった方です。皺というと嫌われもの

でテレビでの皺退治のような宣伝を見るたび気になっています。

これは昨日の印刷物を皺だらけのまま写真にしたこととは別の話で、人の皺を嫌われも

のにする傾向は老いることへの否定的考えにつながり、自ずから人間の自然性への疑問

否定に傾くのではないでしょうか。それはおのれの中に生まれてくる新しい魅力に気づかず、

同様に同世代の人の新しい変化、魅力を、見落とすことになって行きます。

 

 人も老いるし社会も老いるのです。資本主義社会について終焉話が関心をよんでいます

が、それは当然のことで、ひとつの社会が老いていくとは新しい魅力ある社会への変化です。

 自分の老いを否定的に受けとめつつ自分の生きていく社会は新しく発展していくのだ、とは

中々思えないでしょう。

 そんなことを思いつつ我が本棚を眺めると、縦横斜めの皺だらけな顔を見つめている感じです。

その皺だらけな顔でも己の顔に間違いないので、誰に遠慮がいるものか、と思えてきます。