有楽町朝日ホールの
イタリア映画祭2008で映画「CARAVAGGIO(カラヴァッジョ)」を見てきた。okiさん情報に感謝!
(2006年/137分 監督:アンジェロ・ロンゴーニ(Angelo Longoni) )
映画はバロックの天才画家ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョの波乱に満ちた生涯を描く。地元イタリア製作だから時代考証もしっかりしているし、当時の絵画制作の様子も映像として再現されており興味深い。
映画「カラヴァッジョ」から
意外だったのは、このロンゴーニ監督作品ではカラヴァッジョの自己抑制のきかない直情的な性格を強調するのではなく、女性への愛が暴力を生んでいくという肯定的な側面を描き込んでいる。それにより、あまねく共感を呼ぶキャラとして立ち上がり、安心して見られるまっとうな映画となっていた。カラヴァッジョ役のアレッシオ・ボーニもメイク効果でよく似ていたし、本人以上に背が高くてカッコ良いし(笑)。よかったね、ミケーレ(^^;;
が、「まっとう」な映画故にやや単調に感じてしまったことも否めない。それはデレク・ジャーマン監督「カラヴァッジオ」をどうしても想起するからだ。しかし、画家を自らに引き寄せて描いたジャーマンの強烈な個性とは違うジャンルの作品だと思えば、個々のデテールが燦然と輝き始める。愛する神は細部に宿り給う。
以下、ネタバレも含む。と言っても、日本公開は2010年(没後400年)の前半に延期になったので、読んでも記憶が遠くなるから大丈夫でしょう(^^;;
さて、映画はポルト・エルコレへ向かう小船のシーンから始まった。熱で苦しむカラヴァッジョが魘されながら、幼き日父と祖父を襲ったペストの死臭を思い出す。黒馬に乗った黒騎士姿の「死」が少年の脳裏に刻まれる。多分、ロンゴーニ監督はカラヴァッジョの「死」観を画家の複雑な個性の要因として捉えようとしたのではないかと思う。
それはローマに出てきたカラヴァッジョがマリオ・ミンニーティと親しくなったシーンでも描かれる。テベレ川辺に打ち捨てられた腐臭のする死体をわざわざ観察しようとするカラヴァッジョ。その後もベアトリーチェ・チェンチの斬首、ジョルダーノ・ブルーノの火刑など、当時のローマでは「死」が身近であり、また権力と結びついた暴力も巷に溢れていたことが描かれる。《ホルフェルネスの首を斬るユディット》や《ゴリアテの首を持つダヴィデ》などの作品へと展開すると指摘したかったのだろう。以前サイトで考察したことがあるが、特に殺人を犯した後は顕著だったと思う。
《ホルフェルネスの首を斬るユディット》(1599年)
で、カラヴァッジョを巡る女性たちだが、何と言っても絶えず保護を与え続けてくれたカラヴァッジョ侯爵夫人コンスタンツァ・コロンナ。ラヌッチョ(後にカラヴァッジョが殺人を犯してしまう相手)の愛人であり高級娼婦のフィリーデ(肖像画や、絵のモデルもした)やレーナなど、画家は彼女たちを愛し、彼女たちもこの天才的画家を愛した。男世界では乱暴者だが、多分、カラヴァッジョは女性たちには誠実だったんじゃないかと思う。
でも、やはり私的に興味深いのは画家カラヴァッジョのパトロンたちであった。なんと言ってもデル・モンテ枢機卿とジュスティニアーニ侯は外せないし、パウルス5世やシピオーネ・ボルゲーゼも。(ボルゲーゼの二人は肖像画や彫刻にそっくりだった/笑)
ダルピーノ工房を出て細々と絵を売っていた画家はメディチ家のローマでの代理人であるデル・モンテ枢機卿に呼ばれ、パラッツォ・フィレンツェに住み込むことになる。映画ではコンスタンツァ・コロンナが枢機卿に依頼してカラヴァッジョを保護してもらったように描かれていた。これって本当だろうか?脚色??
加えて、さすがイタリア映画だと感心したのは、当時のローマ教皇庁内でフランス派とスペイン派が対立していた図式をしっかりと描いていることで、デル・モンテ枢機卿がフランス派であることもきちんと触れてある。
さっそく枢機卿は《
いかさま師》の披露パーティを開くが、招待客の中にローマ画壇の保守派ズッカリや、何とヤン・ブリューゲルまでが!映画のカラヴァッジョはヤンに父ブリューゲルの絵は素晴らしと褒める。事実ヤンとローマで出会う可能性は極めて大きかったと思うけど、ピーテル・ブリューゲルの絵を見知っていただろうか?確かにドーリア・パンフィーリやカポディモンテにはあるけど…??それよりも、私的には静物画を得意とする二人の会話をもっと発展させてほしかったなぁ。>監督
《いかさま師》(1594年頃)
このパーティ・シーンは絵画好きにはかなり面白い。記憶が曖昧なのだが(パウルス5世との謁見シーンと混同があったらお許しあれ)、絵画と彫刻について尋ねられたカラヴァッジョは「ダ・ヴィンチの《最後の晩餐を》観たことがありますか?人物たちには生き生きとした魂が込められている」と絵画擁護をしていた。うん、確かにミラノでしっかり観察したに違いないし、《エマオの晩餐》への影響もあるし、レオナルドから得たものは大きいと思う。
それに、会場ではジョルジョーネやティツィアーノの名も出て、特にカラヴァッジョにジョルジョーネの影響を見る感想は私的にとても興味深かった。加えて「デューラーは天才だと言われているが…」などと興味深い会話も飛び交い、監督はきっと楽しんで撮っていたに違いない(笑)。
で、この映画のひとつの山場はやはりコレンタレッリ礼拝堂の《聖マタイの召命》と《聖マタイの殉教》だと思う。アトリエで寝込んだ画家が描いた《聖マタイの召命》に陽光が差し込んだのに気が付く。聖なる光は現実の光と一体となり、画面は一層輝きを増す。
《聖マタイの召命》部分(1599-1600年)
このマタイ連作でローマが画壇に実力を認められた画家は、傑作を次々と描きながらも喧嘩や放蕩を繰り返すことになる…。その挙句、よく知られているように喧嘩が発端の殺人(ラヌッチョ殺し)を犯し、死刑判決によりローマからの逃亡が始まる。ナポリ~マルタ~シチリア~ナポリ…
そして、恩赦の希望を持ってローマに向かう途中、ポルト・エルコレで黒馬に乗った死神を見る。
う~ん、感想文後半はかなり端折ってしまったかも(汗)。映画の後半にもカラヴァッジョ作品を画像処理により人物を重ね合わせながら紹介する面白い映像が見られたりするのだけど。未見の方たちは楽しみにしていてね(^^;;
最後に、興味深かったシーンを二つほど紹介しよう。
・ローマに出てきた頃、悪党仲間で絵画泥棒をするシーンがあった。盗んだ絵はジョヴァンニ・ベッリーニの祭壇画じゃなかったか?装飾から見てもサンタ・マリア・フラーリ三翼祭壇画中央部のような気がするのだ。ヴェネツィアではなく、ローマで何故??という不思議なシーンだった。
・カラヴァッジョがアトリエを借りるシーンがあり、天井からの光が必要だと屋根に穴を開けてしまう。これは最近発見されたホセ・デ・リベラのローマでのアトリエ賃貸契約書に、家主が天井に穴を開けてもかまわないとの契約条項を入れており、当時のカラヴァッジェスキの光の取り入れ方がわかる興味深いシーンであった。
映画は137分という結構長丁場で内容も盛りだくさんだった。私の感想もかなり長すぎたようで、ネタバレも多すぎたらお許しあれ(^^;;;