Reflections

時のかけらたち

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず

2015-01-29 19:05:32 | thoughts
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。  たましきの都のうちに、棟を並べ、
甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、世々経て尽きせぬものなれど、
これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。
あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、
いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、
夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。知らず、生まれ死ぬる人、
いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし
、何によりてか目を喜ばしむる。その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、
いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。
あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。

いとこの葬儀の時、祖父の頃からの長いお付き合いの住職さんが
さらっとそらんじた方丈記のイントロです。

人生半ばにして去らなければいけない、不条理と納得いかないと感じられてる
ことでしょうとおっしゃったけれど、本当にそうです。




久しぶりに10年くらい前の写真を取り出してみました。
主人が撮ったこの写真が大好きでずっと飾っていました。
ほぼ中央に彼の母親の後ろに立っているのがいとこです。

高校の時にテニスのインターハイで東京の代表でした。今は弓道も初めて、茶道もたしなんでいた
行動的ないとこでした。母親を気遣い忙しい中、よく実家に会いに行っていたとのことで、亡くなる日も
行くところだったとのことです。
健康診断で数値が良くなく、MRIを撮る寸前だったようで
悔やまれます。親子三人で寄り添っている姿を見るのはせつなかったです。
家族を愛し仕事を愛し、プライベートも充実して、充分生き切ってしまったのでしょうか?
建築関係なので、娘の就職もとても心配してくれました。

棺に花をたくさん入れてあげました。
花はこのためにあるのかと思うくらいです。

一日一日を大切に生きなければと思いました。
二度と帰らない日々です。
無常の世界です。

私も今は娘といますが、春には就職して自立するでしょう。
すぐではなくてもいずれはです。
仕事を完全リタイアしたら寂しくなるかもしれません。

10年前の写真で家族として写っていた女の子は
血はつながっていませんが今はこんなになっていると聞いて
驚きました。



フィリップスのコマーシャルにも出ているとか・・
元義理の父だったいとこ(弟)は今でも気にしているみたいでした。


コメント
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