碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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NEWSポストセブンで、「ひよっこ」沢村一樹について解説

2017年08月20日 | メディアでのコメント・論評


記憶喪失の父役・沢村一樹 
心の変化を目の動きや表情で好演

第16週(7月17日~22日)以降、週間平均視聴率20%超えを続けているNHK連続テレビ小説『ひよっこ』。行方不明になった「お父ちゃん」が記憶喪失の状態で見つかってからは物語が大きく動きだし、有村架純(24)演じるヒロインの谷田部みね子の人生物語とともに、お父ちゃんの記憶が戻るかどうかが大きな見どころとなっている。

そのお父ちゃんこと谷田部実を演じているのは沢村一樹(50)。民放ドラマでもたびたび父親役を演じてきた沢村の今回の役は、物語の途中で記憶喪失になってしまうという難しい役どころだが、ベテランの円熟味も出てきた沢村はその役をうまく演じていると評判だ。

お父ちゃん役を好演している沢村の演技について、元テレビプロデューサーで上智大学教授(メディア文化論)の碓井広義さんに分析してもらった。
 
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記憶喪失にも度合いがあると思いますが、沢村さんが演じる「お父ちゃん」の実(みのる)は、自分の名前も家族のことも忘れてしまっており、かなり重症であるように見受けられます。突如、自分の前に現れた家族を肯定も否定もできない戸惑い。もっと言えば、その奥底にある「恐怖」。自分の運命を自分でコントロールできないという、体験したことのない恐怖を演じないといけないので、難しい役であることは間違いありません。

そしてこの役をさらに難しくしているのが、記憶喪失後の実が全くの別人としてではなく、元来持っている優しさを残しているという設定です。妻の美代子(木村佳乃)や娘のみね子、そして自分を保護していた女優の川本世津子(菅野美穂)の4者が初めて対面した時は、家族に対しても、川本世津子に対しても気遣いや優しさを見せていました。

ここでは360度意識を張り巡らせている様子が視聴者に伝わっていないといけませんが、大きな演技はできません。目の動きや細かい表情だけでそれを伝えないといけない。この役を下手な役者さんが演じてしまうと、視聴者は作品そのものをどう見ていいかわからなくなってしまうところですが、沢村さんは繊細かつ大胆に演じていました。その後、自分の記憶にない話を美代子やみね子から聞いている時も、心の微妙な変化を表情だけで表現しています。

「沢村一樹ってこういうこともできる俳優だったのか」と正直驚きました。沢村さんというと、数多くの作品に出演してきた豊富なキャリアがありますが、私は個人的に、NHKのコメディー番組『サラリーマンNEO』の「セクスィー部長」のイメージが強烈にあるので(笑い)。

沢村さんがこの役をうまく演じられたのは、役者としての経験もさることながら、彼のリアルヒストリーとも無関係ではないでしょう。ドラマとは事情が異なりますが、女性週刊誌の報道によれば、沢村さん自身、少年時代に実父が借金を残して家からいなくなるという体験をしていたそうです。沢村さん自身は失踪していないが、父親が突然消えてしまった家族の気持ちがわかっている。

役の中の人格と私生活の人格は別モノとはいえ、今回の役はリンクしている部分がある。沢村さんがどう生きてきたかということは、芝居の裏打ちになっているはずです。記憶が戻らない状況でも実が家族のところに帰ることを選ぶというシーンも、いろいろな思いがある中で演じていたのだろうな、と想像せずにはいられませんでした。

奥茨城に戻った実は、農業をしながら元の生活を始めています。視聴者も、「これでゆっくりと記憶を取り戻せばいいな」と思いながら見ているでしょう。実が田植えをしながら「なんでできんだっぺ」と自分自身に驚いた時に、実の父(古谷一行)が「体が覚えてんだっぺ」というシーンも、見ていて安心させられました。

ただ、東京の川本世津子のことでまだ何かありそうだな、という波乱の余地も残しています。置き去りにされた彼女もかわいそうな人間の一人。実と川本世津子が果たして「一線を越えたのかどうか」は視聴者にとって謎ですが(笑い)、そんな“ゲスの勘ぐり”を寄せ付けないような純愛ぶりもうかがえる。仮に一線を越えていたとしても、あの状況では責められませんけどね。今後、二人の関係がどう描かれるか、それを役者さんたちがどう演じるかも注目したいところです。


(NEWSポストセブン  2017年8月18日)