「Eテレ」で
お笑い芸人が重宝される2つの理由
専門家は「カンニング竹山」を高評価
“Eテレ芸人”の誕生
1959年1月、「世界初の教育専門チャンネル」としてNHK教育テレビジョンが開局した。2011年に一般呼称をEテレと変更。今ではこちらしか知らない人も多いだろう。誰もが子供の時には楽しんでいたが、大人になるとなかなか見ないチャンネルでもある。
実は今、Eテレの番組に多数のお笑い芸人がレギュラー出演していると知れば、驚く方もおられるだろう。
具体的に見てみよう。「ピタゴラスイッチ」(土曜・7:45)という番組をご紹介する。幼児向けの教育バラエティ番組だ。
ちなみに監修を務めているのは、電通でCMプランナーとしてヒット作を連発、「だんご3兄弟」の作詞・プロデュースを務めたことでも知られる、佐藤雅彦・東京芸術大教授(66)だ。
この番組に「アルゴリズムたいそう・こうしん」というコーナーがある。ロケ先でバスガイド、舞子、Jリーガー、野球選手といった面々と共に奇妙な体操を披露するのは、お笑いコンビのいつもここから[山田一成(48)、菊池秀典(44)]だ。
黄色いサイコロのキャラクター「ぼてじん」の吹き替えを担当しているのは、フットボールアワーの岩尾望(44)。登場頻度は少ないが、相方の後藤輝基(46)も「いぬてん」の声で出演する。
豪華な顔ぶれ
「こんなことできません」というコーナーは、トリック動画の魅力を伝える。例えば「人間がポスターの中に入ったり、飛びだしたりする」といった現実には不可能な動きも、写真を1枚1枚撮りながら、コマ送り動画を作ると実現してしまう。
実際にコマ送り動画を作るのは関根勤(67)と、タモリ(75)の元付き人としても有名な岩井ジョニ男(生年非公表)だ。
「ねんどれ」と「ナンドレ」という身体が粘土というキャラクターも登場するが、この声を担当するのはサンドウィッチマン[伊達みきお(46)、富澤たけし(46)]の2人だ。
1本の番組でも、売れっ子のお笑い芸人が大挙して出演している。Eテレが放送する全ての番組に目を向けると、その数は更に増える。主な番組と出演者を2つの表にまとめた。ご覧いただこう。
民放キー局がゴールデンタイムに流すバラエティ番組の出演者と、全く遜色のない顔ぶれと言えるのではないか。
特に40代以上の、昔の「NHK教育テレビ」のキャスティングを知る方々にとっては、「時代は変わった」と感慨深いものがあるかもしれない。
大人向けの番組にも抜擢
今なら、厚切りジェイソン(34)が子供向けの英語番組で司会を務めることに違和感はないだろう。
何しろ英語のネイティブ・スピーカーだ。更に子供の頃から成績が優秀だったことでも知られている。彼は17歳でミシガン州立大学に飛び級入学を果たした。
とはいえ、「NHK教育テレビ」の時代なら、たとえ英語が極めて流暢に喋れたとしても、芸人が子供向けの教育番組でMCを務めるなど考えられなかったに違いない。
2番目の表を見ると、キャスティングは子供向けの番組ばかりではないことが分かる。大人向けの英語番組には太田光(55)が、育児情報番組には「ペンパイナッポーアッポーペン」のピコ太郎でおなじみの古坂大魔王(47)がMCを務めている。
なぜ、こんなことが起きているのだろうか。元・上智大学教授でメディア文化評論家の碓井広義氏は1981年にテレビマンユニオンに参加、ドキュメンタリーやドラマの制作を手がけた。碓井氏に作り手の視点から、「Eテレでお笑い芸人が重宝される理由」を分析してもらった。
芸人が持つ話術の力
「昔の教育テレビが放送していた番組といえば、堅くて真面目なものしかありませんでした。大人も子供も『勉強するために視聴する』のが大前提でしたから、『番組を必要としない人は見なくていい』というチャンネルだったとも言えます」(碓井氏)
だが、2000年代から「もっと多くの人に見てもらおう」と番組内容は維持しながら、演出やキャスティングで一般の視聴者にも“門戸”を開いていく。
「一種のリニューアルを行ったわけですが、その過程でEテレは、お笑い芸人が持つ“インターフェイスの力”に気づいたのだと思います。“interface”を直訳すると『接触面』などの日本語になりますが、ここでは番組と視聴者をつなぐ役割のことを指します」(碓井氏)
お笑い芸人は舞台に立てば、基本的には自分の身体だけで観客と対峙し、話術で笑わせるのが仕事だ。
「歌手も俳優も自分の肉体だけで観客と対峙するのは同じですが、彼らは歌や脚本の力を借ります。芸人の武器はトーク力だけです。Eテレの制作スタッフは『あれだけの話術があるのなら、きっと難しい話題でも噛み砕いて分かりやすくしてくれる』とお笑い芸人に期待し、彼らが見事に応えてきたという歴史があるのだと思います」(碓井氏)
計算され尽くした話術
お笑い芸人はトーク力を武器に、番組と視聴者を結ぶ“インターフェイス”として活躍しているというわけだ。
「インターフェイスには2つの意味を持たせました。1つは番組制作側が想定する視聴者ではない人たちも“つないで”、興味を持たせる力です。代表例は、子供向け番組に出ているお笑い芸人を見て、親も番組のファンになるというケースでしょう。2つ目は番組想定の視聴者を、しっかりと“つなぐ”場合です。子供たちにとっては難しい算数の番組でも、お笑い芸人が出演することで興味を持つわけです」(碓井氏)
碓井氏が高く評価するお笑い芸人の1人が、「ドスルコスル」(木・9:45)に出演しているカンニング竹山(49)だ。
「教科で言えば『総合的な学習の時間』を想定した番組で、高齢化社会の弊害や、外国人との共生、環境破壊といった大人でも難しい社会問題を取り上げます。『カンニング竹山さんは、ワイドショーのコメンテーターも務めているから適任だ』と思う方もいるでしょう。ところが竹山さんは、大人向けの情報番組に出演している時とは話術を変え、あくまでも番組想定の視聴者である小学生に合わせて自説を語るのです。本当にお見事で、これなら小学生は『ドスルコスル』を好きになるだろうな、と思います」(碓井氏)
民放キー局も同じ
大人向けの番組でも,お笑い芸人がキャスティングされるのは同じ理由だ。特にEテレの番組は教育を前提としているものが多く、民放キー局のようにセットに凝ったりするわけにはいかない。
スタジオでのシンプルなトークとなれば、舞台で鍛えられているお笑い芸人が得意とするのは言うまでもない。
「実は民放キー局のバラエティ番組も、同じ道筋を辿りました。テレビの黎明期にはNHKのアナウンサーや俳優といった人々の中から、“名司会者”と呼ばれる人々が生まれました。ところが次第に番組のMCは、お笑い芸人が担当するようになります。芸人の皆さんは明るいですし、見ているだけで楽しい。加えて、絶対に『上から目線』になりません。昨今の視聴者は芸能人に親しみやすさを求めますから、お笑い芸人が適任なのです。こうしたテレビ界全体の流れが、Eテレにも及んだということなのでしょう」(碓井氏)
Eテレの場合、語学番組を筆頭に「博学な講師が無知な視聴者に教える」という構図が避けられないものが多い。
大学教授が出演することも珍しくなく、彼らの立ち位置が「上から目線」と視聴者に批判される潜在的なリスクは意外に高い。
お笑い芸人が“苦手”な分野
しかしながら、講師の脇に立つお笑い芸人が1回でもボケてくれれば、リスクの軽減が期待できる。
「もちろんお笑い芸人の皆さんにとっても、Eテレの出演は大歓迎でしょう。政治の世界で言えば、“身体検査”が済んだようなものです。クリーンなイメージが付加されます。官公庁のPRといった仕事も期待できるかもしれません。実際、Eテレのキャスティングを見ると、下品な芸の方々は綺麗に排除されていることが分かります。制作陣も、その辺はしっかりと計算しているわけです」(碓井氏)
お笑い芸人がテレビ界で圧倒的な力を発揮している理由が明らかになったわけだが、そんな彼らでもEテレが起用していないジャンルがある。
「旅するイタリア語」(火・0:00)は俳優の小関裕太(25)、「旅するスペイン語」(水・0:00)は歌手・女優・モデルなどの肩書を持つシシド・カフカ(35)、そして「旅するフランス語」(木・23:30)はバレエダンサーの柄本弾(30)、と見事なまで美男美女で固められている。
どうやら英語のような実用性が求められず、習得が憧れの対象となるような外国語の番組に、親しみやすいお笑い芸人は必要ないようだ。
それこそスターという天空=上からのポジションから視聴者を虜にする、俳優や歌手が適任なのだろう。【週刊新潮WEB取材班】
(デイリー新潮 2020.09.19)