<碓井広義の放送時評>
戦争・終戦番組の継続
歴史に学ぶことの大切さ
かつて毎年8月になると、テレビ各局は戦争・終戦番組を競って放送してきた。その風物詩的取り組みは「8月ジャーナリズム」と揶揄(やゆ)されたほどだ。しかし民放ではその数が年々減っていき、東京五輪開催と重なった今年は特筆すべきものが見当たらなかった。
一方、NHKは十数本の関連番組を放送した。9日のNHKスペシャル「原爆初動調査 隠された真実」、13日の終戦ドラマ「しかたなかったと言うてはいかんのです」(9月4日(土)夜、NHKBSプレミアムで再放送予定)などの秀作が目についた。
その中で最大の収穫とも言うべき1本が、15日に放送されたNHKスペシャル「開戦 太平洋戦争~日中米英 知られざる攻防~」である。
番組の軸は、中国国民政府を率いていた蒋介石が遺(のこ)した、膨大な「日記」や「書簡」だ。それらを解読することで、蒋介石が書簡による外交や巧妙なプロパガンダによって、米英などを日中戦争に引き込んでいったプロセスが見えてくる。何より、太平洋戦争の開戦を巡って中国が果たした役割の大きさに驚かされた。
総理大臣の近衛文麿をはじめとする日本の指導者が、どれだけ世界の動向に鈍感で、いかに潮流を見誤っていたのかも理解できた。たとえば、南京陥落による戦勝気分で和平条件をつり上げてしまい、蒋介石との交渉は暗礁に乗り上げる。
蒋介石の日記には「もし日本が柔軟な条件を提示していれば、政府内で対立が起き、動揺すると懸念していた。いまこのような過酷な条件を見て安心した。わが国は、これを受け入れる余地はない」とある。日本は戦争の早期収拾の機会を自ら潰(つぶ)していったのだ。
番組を見ながら、何度か現在の日本との重なりを感じた。当時の指導者には、現実を正確に把握して分析し、進むべき道を判断する能力が欠けていた。大局を見ようとせず、自分たちにとって都合のいい情報だけを信じ、場当たり的な政策ばかりを打ち出していく。
全体を動かすのは「空気」であり、誰も責任を取ろうとはしなかった。知っているはずの過去に隠された、知られざる真実。この番組を通じて、歴史に学ぶことの大切さを再認識した。
ちなみに、取材協力者としてエンドロールに記されている一人が、著書「戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗」などで知られる、東京大学の加藤陽子教授だ。日本学術会議の会員に推薦されながら、菅義偉首相によって任命を拒否されたことを思い出す。
(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2021.09.04)