碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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産経新聞に、「『北の国から』黒板五郎の言葉」書評掲載

2022年01月10日 | 本・新聞・雑誌・活字

 

 

【書評】

「『北の国から』黒板五郎の言葉」

倉本聰著、碓井広義

■生きる力伝える名場面集

北海道富良野市を舞台に一家族の歳月を描いたテレビドラマ「北の国から」は、昭和56年から21年間にわたって放送された。原作・脚本は倉本聰氏、主人公の黒板五郎を演じたのは昨年亡くなった田中邦衛。

その放送40周年を記念して出版されたのが本書。倉本氏がどこから発想を得たかを当時記した文章が巻頭に掲げられ、ハッとさせられた。「都会は(中略)己のなすべき事まで他人に金を払いそして依頼する。(中略)生きるための知恵、創る能力は知らず知らずに退化している。それが果たして文明なのだろうか」。お金さえあれば-。そんな生き方でいいのかと問う。

本書では、ドラマの名場面をシナリオ形式で再現し最小限の説明を添えた。大自然の厳しさと美しさ、人々の交流、葛藤、友情、恋愛まで濃密に描かれ、ドラマの魅力を追体験できるはずだ。

五郎は妻の不貞がもとで、小学生の純と蛍の子供2人を連れて故郷の富良野へ戻る。放置された実家は廃屋同然、明かりはランプ、ご飯は薪で炊く、テレビなし。不便な生活に純は反発する。「電気がないッ!?夜になったらどうするの!」、五郎の答えは「夜になったら眠るンです」。ある日、五郎は2人の小遣いを自分に預けさせる。「欲しいもんがあったら自分で工夫してつくっていくンです。つくるのが面倒くさかったら、それはたいして欲しくないってことです」

五郎は決して立派な父親ではない。別れた妻への思いや、積んでは崩れる積み木のように続く苦労に弱音を吐き、自己嫌悪にも陥る。それでも倉本氏は、時に交わり、時にすれ違いながら子供たちに生き方を教える五郎の人間臭さまで表現し、読む者の心を揺さぶる。

後年、住まいを焼失し、建て直す金も失った五郎は「金がなかったら-知恵だけが頼りだ」と石で家を作り始める。令和になった今なら、一家の開拓生活はどんなだろう。

この数年は終わりが見えそうで見えない災厄に、疲れを感じる人も多い。五郎の言葉は時を超えて現代に「生きる力」を熱く伝える。何をやってもうまくいかず、気持ちが負けそうになるとき、どこからでもいいから開いて読みたい一冊だ。(幻冬舎・1430円)

評・河原潤子(ライター)

(産経新聞 2022.01.09)