【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2021年2月前期の書評から
柳澤 健『2016年の週刊文春』
光文社 2530円
昭和34年(1959)の創刊から現在まで、『週刊文春』の軌跡を花田紀凱と新谷学という2人の名物編集長を軸に描くノンフィクション。花田は企画とタイトルに徹底的こだわった。新谷はひたすらスクープを狙った。書名の2016年は「ベッキーのゲス不倫」や「SMAP独立騒動」などスクープ連発の年だ。その時、編集部で何が起きていたのか。そして今、かつての梁山泊はどこへ向っているのか。(2020.12.30発行)
谷川 渥
『カラー版 文豪たちの西洋美術~夏目漱石から松本清張まで』
河出書房新社 2200円
文学作品の中の西洋美術を解読する、ユニークな視点の美学書だ。夏目漱石の掌篇では、印刷されたダ・ヴィンチの「モナ・リザ」を飾ろうとした男が、妻から「この女は何をするか分からない人相だ」と言われて画を手放す。横光利一『旅愁』にはモネの「睡蓮」が登場する。さらに川端康成とセザンヌ、太宰治のモジリアニも興味深い。美術に対する嗜好にも、それぞれの感性が投影されている。(2020.12.30発行)
岩本憲児
『黒澤明の映画 喧々囂々(けんけんごうごう)~同時代批評を読む』
論創社 2200円
没後22年となる黒澤明だが、新たな研究書や関連書籍が絶えることはない。本書は各作品が公開当時、どのように受けとめられたのかに注目した一冊だ。デビュー作『姿三四郎』の後半を「冗漫の腰くだけ」と評した新聞。『野良犬』の「緩急のなさ」を指摘した双葉十三郎。また井沢淳は『天国と地獄』を「完成品」とまで呼んでいる。現在の評価だけでは捉え難い、黒澤映画の魅力が見えてくる。(2021.01.18発行)
菊地成孔『次の東京オリンピックが来てしまう前に』
平凡社 2090円
音楽家で文筆家の著者が、東京五輪を「ロクなもんにならない」と予言したのは2017年だった。開催までの日々、何を考えたのかを同時進行で記そうとしたのが本書だ。アンチSNSを標榜する著者だが、17年の流行語大賞は「インスタ映え」だった。ソウル五輪のようには盛り上がらなかった18年の平昌。著者がトランプを「戦争をしない大統領」と評したのが19年だ。さて、東京五輪はいつ来るのか?(2021.01.15発行)
柳 広司『アンブレイカブル』
角川書店 1980円
『ジョーカー・ゲーム』から12年。著者ならではの歴史スパイ・ミステリが登場した。治安維持法時代の日本を舞台に、4人の「敗れざる者たち」の過酷な運命を描いている。体験者への取材を基に『蟹工船』を書く小林多喜二。反戦川柳作家として社会を詠み続けた鶴彬。そして歴史に参画する自由と権利の行使を選んだ哲学者、三木清などだ。彼らを包む不穏な空気は明らかに現代に通じている。(2021.01.29発行)
佐藤学、上野千鶴子、内田樹:編
『学問の自由が危ない~日本学術会議問題の深層』
晶文社 1870円
延々と続くコロナ報道に押され、半ば忘れ去られた日本学術会議問題。果たしてそれは「学術界」というコップの中の嵐だったのか。政権が「論点ずらし」で矮小化を図ったのはなぜか。13人の論者が問題の本質に迫っている。木村草太は「「差別されない権利」の侵害と捉え、池内了は「軍事研究」との関係を危惧する。国家と社会を激変させる「クーデタ」と呼ぶ佐藤学の主張もオーバーではない。(2021.01.30発行)
<碓井広義の放送時評>
NHK夜ドラの成果
「あなたのブツが、ここに」
NHKが月~木曜午後10時45分から15分間の「夜ドラ」を開始したのは今年の4月。いわば朝の連続テレビ小説の夜版だ。この「夜の帯ドラマ」には歴史がある。昭和から平成にかけて、「銀河テレビ小説」といった名称で親しまれ、ビートたけしの少年期をドラマ化した「たけしくんハイ!」(1985年度)などのヒット作を生んだ。
今回の令和版では、インターネット配信で一気に視聴できることが大きな特徴となっている。第1弾は青春ミステリー「卒業タイムリミット」。卒業式を3日後に控えた高校で教師が誘拐され、4人の3年生が真相を探っていった。その後、「星新一の不思議な不思議な短編ドラマ」や「事件は、その周りで起きている」などが流されてきた。
そしてこの夏、8月22日から9月29日まで放送されたのが、「あなたのブツが、ここに」(全24話)である。「ブツ」とは宅配の荷物を指し、描かれたのは宅配ドライバーとして働くシングルマザーの奮闘だ。コロナ禍で追い込まれた市井の人たちの苦境と心情をリアルに描いて秀逸だった。
物語は2020年秋から始まる。主人公は小学生の一人娘(毎田暖乃)を育てる、29歳の亜子(仁村紗和)だ。大阪のキャバクラ店で働いていたがコロナ禍で収入が減り、貯金が底をついただけでなく、店自体も休業状態に。さらに給付金詐欺の被害に遭ったことで、母親(キムラ緑子)がお好み焼き店を営む兵庫県尼崎市の実家に身を寄せ、宅配ドライバーの仕事に就いた。
コロナ禍で需要が高まった宅配業界だが、決して楽な仕事ではない。膨大な量に増えた荷物。客からの容赦のないクレーム。またウイルスの媒介者のように扱われ、娘まで学校でいじめられたりした。それでも時には人の優しさを感じて泣きそうになる。
物語には感染状況の推移が織り込まれ、理不尽なものに振り回される辛(つら)さと滑稽さが浮き彫りにされていく。ある時、疲れて落ち込む亜子が、売り上げが激減してもお好み焼き店を続ける理由を母に問いかけた。「いったん休んだらな、もう立ち上がられへん気いするんよ。逆にこのまま乗り切れたら、何があっても大丈夫な気いするし」
ドラマは仁村の好演が光る。印象に残るせりふが多い脚本は、「マルモのおきて」などを手掛けてきた桜井剛のオリジナルだ。制作はNHK大阪放送局。ドラマが時代を映す鏡であることをあらためて思わせてくれた、今年の夏の大きな収穫である。
(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2022.10.01)