碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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【旧書回想】  2021年2月後期の書評から 

2022年10月03日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2021年2月後期の書評から

 

島田雅彦『空想居酒屋』

NHK出版新書 1045円

馴染みの店に通う一方で、新たな店を開拓する。そんな居酒屋好きの日常も今は叶わない。著者は頭の中で「理想の酒場」を開店する。元手は過去に訪れた実在の酒場とその思い出だ。都内各所の隠れた名店から台湾の屋台までが登場する。さらに豊富な知識と好奇心を生かし、実際に料理を作ってみる。「何処でも居酒屋」の試みだ。掲載のレシピを参考に自分だけの居酒屋にトライするのも一興か。(2021.01.10発行)

 

堀江敏幸:監修、築地正明:編

『私のエッセイズム 古井由吉エッセイ撰』

河出書房新社 3850円

『杳子・妻隠』などで知られる作家、古井由吉が亡くなったのは昨年2月。本書には古井文学の核心を示すエッセイが収められている。表題作では自分の中で虚構とエッセイがシームレスに併存することを明かし、「私の文学的立場」では小説を書くことの〝本源的な羞恥〟を語る。またカフカなどのドイツ文学研究や翻訳から創作へと向った古井が、文学との距離をどのように探ったのかも興味深い。(2021.01.30発行)

 

伴 一彦『人生脚本』

光文社 1760円

脚本家である著者が初めて挑んだ長篇推理小説だ。事故で息子を失って以来、早紀と信夫の夫婦仲は最悪だった。しかも信夫が出張先で列車事故に遭い、行方不明となる。早紀は夫婦共通の友人、篠山の助けを借りて信夫の足跡を追い始めた。作中にシェイクスピア『お気に召すまま』のセリフ「この世は舞台、人はみな役者」が登場する。果たして人生という脚本を書き換えることは可能なのか。(2021.01.30発行)

 

荒俣 宏『妖怪少年の日々 アラマタ自伝』

角川書店 2870円

「歩く百科全書」と呼ばれる、作家で博物学者の著者。待望の自叙伝だ。戦後のストーリー漫画に感動し、化け物と異常な事象に惹かれていく少年時代。図書館の座敷童だった中学・高校時代。そして英文学者の平井呈一や紀田順一郎との出会い。「奇」を求め続ける天邪鬼は一日にして成らずだ。師匠たちから学んだ「だれかと競争するよりも、だれもしないことをする」楽しみは今も堅持されている。(2021.01.29発行)

 

ブレイディみかこ・鴻上尚史『何とかならない時代の幸福論』

朝日新聞出版 1485円

対談の成否はテーマと人選で決まる。今、「世の中」はどうなっているのか。それを考える際の補助線となる一冊だ。たとえば日英比較の中で指摘される「社会が子どもを育てるという意識」。また鴻上が探る「世間」と「社会」の関係も明確になる。さらに「シンパシー」と「エンパシー」。同情ではなく、相手の立場なら自分はどう感じるかを想像する能力は、益々重要なものとなりそうだ。(2021.01.30発行)

 

近藤健児『絶版新書交響楽 新書で世界の名作を読む』

青弓社 1760円

1950年代に起きた第1次新書ブーム。当時刊行され、今は絶版となっている「新書版の外国文学」にスポットを当てたのが本書だ。魯迅と並ぶ中国の国民的作家、老舎。岩波新書の『東海巴山集―小説』は抗日戦争を背景とした作品集だ。また河出新書文芸篇には、第二次世界大戦後の西ドイツを舞台に信仰の意味を問いかけた、ハラルト・ブラウン『新しい鐘』などがある。名著発掘の新たな地図だ。(2021.02.10発行)