碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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【書評した本】 牧 久『転生』

2022年10月13日 | 書評した本たち

 

書かせていただいた、牧 久:著『転生』の書評が、

共同通信発で全国各地の地方紙に配信されました。

 

 

[読書]

「満州国」実相に迫る試み

『転生~満州国皇帝・愛新覚羅家と天皇家の昭和

牧 久:著

新潮社・1980円

 

1932年の「満州国建国」から90年の今年、刊行されたのは満州国側の当事者を通して「幻の国家」の実相に迫る試みである。軸となるのが清朝最後の皇帝で、満州国皇帝となった愛新覚羅溥儀と弟の溥傑だ。

溥儀と溥傑はそれぞれ回想記を残している。貴重な資料だが、どちらも日本の敗戦時に中国共産党に捕らえられた際、戦犯管理所で書かされた「認罪書」が原本だ。罪から逃れるための事実の歪曲(わいきょく)も混じっている。

この兄弟は関東軍が動かす「駒」に過ぎなかったというイメージを持つ人は少なくない。溥儀は東京裁判でも「脅かされた」「怖かった」「操り人形で、何の権限もなかった」と繰り返した。しかし著者は、本当に操られただけだったのかと疑問を投げかけ、徹底的に検証していく。

浮かび上がるのは溥儀の「強靱(きょうじん)なしたたかさ」だ。例えば、溥儀は関東軍が提案した「建国神廟(びょう)」創建案に乗る一方で、祭神については日本の皇祖神である天照大神を祀(まつ)ることを強力に主張し、実現させた。天皇家との「究極の一体化」により、関東軍や日系官吏を自分に従わせようとする深謀遠慮があったのだ。

一方、溥傑は生涯、兄の忠実な臣下で通し、戦後は日中関係のために陰で尽力していく。日本への親近感を持ち続け、妻・浩との生活を大切にした溥傑を見つめる著者の視線はどこか温かい。

辛亥革命に始まり、満州国の興亡、ソ連での抑留、文化大革命など、兄弟は激動の時代を生きた。溥儀が61歳で亡くなったのは67年。溥傑は94年に86歳で生涯を閉じるが、「中国には墓を作らず、遺骨や遺灰の半分を中国の空に撒(ま)き、残る半分は日本に持ち帰ってほしい」と遺言した。

他国の領土を武力で“別の国”にすることの不条理と悲劇。この労作を読みながら何度も想起したのは、現在も続くロシアによるウクライナ侵攻だ。歴史は未来のためにあるのかもしれないと感じさせる一冊である。【碓井広義・メディア文化評論家】

 

まき・ひさし 1941年大分県生まれ、ジャーナリスト。日本経済新聞社副社長、テレビ大阪会長などを歴任。著書に「昭和解体」「暴君」など

(沖縄タイムス 2022.10.01)