「週刊新潮」に寄稿した書評です。
貴志哲雄
『ミュージカル映画が《最高》であった頃』
国書刊行会 3300円
2006年の『ミュージカルが《最高》であった頃』の姉妹編だ。軸となるのはフレッド・アステア、ジーン・ケリー、ジュディ・ガーランドの3人。中でもアステアとケリーの比較論が興味深い。「限定的な空間」で踊ることを好みながら、外界を受け入れたアステア。踊りでは「無制限の自由な空間」を求め、外界に対しては攻撃的だったケリー。ミュージカル映画の成熟に貢献したのがこの2人だ。
石川九楊『九楊自伝~未知への歩行~』
ミネルヴァ書房 3080円
筆が紙に触れて離れるまでの過程を重視する「筆蝕(ひっしょく)」という概念を提唱するなど、独自の書論で知られる書家が自身の軌跡を詳細に語っている。自己形成の基盤となった、1960年代の京大における書と学生運動と寮生活。初期の代表作「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」への取り組み。異端の書家としての闘いを振り返りつつ、人間と社会への憤怒を一切隠さない。
清水 研
『不安を味方にして生きる~「折れないこころ」のつくり方』
NHK出版 1650円
精神科医である著者は20年以上もがんの専門病院で診療を続けている。対話したがん患者は4000人以上だ。その経験を踏まえ、「不安を味方にする方法」を語ったのが本書だ。3つのステップがあり、まず正確な情報を得ること。次に、できる対処を行う。そして不安を手放していく。その過程における、悲しむことの大切さ。喪失との向き合い方。自分を許し、愛することの意味などが明かされる。
(週刊新潮 2024.10.31号)