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木内昇『ある男』(文藝春秋)をじっくりと読んだ。
舞台は明治時代初期。諸藩がそれぞれ“国”だったものが、いきなり中央政府が統括する国家となった。そこに生じる無理や矛盾を背負わされたのは地方の人々だ。
直木賞作家が4年ぶりに送り出すこの短編集は、7人の無名の男たちを通して描く歴史の軋みである。
巻頭の「蝉」では、南部の銅山で働く金工(かなこ・鉱山労働者)が東京へと向かう。政府の要職にある井上馨に会うためだった。男たちの生きる場である銅山を、自らの利権のために奪う極悪人。男が命がけの直訴の果てに見たものは。
「実は、紙幣を、造っていただきたいのです」と懇願されるのは、引退を決意した老細工師だ。相手は新政府の転覆を企てる一党。依頼された贋金はその軍資金となるという。男は彼らを指導しながら仕事を進めるが、職人としてどうしても譲れない一線があった(「一両札」)。
他に、中央からやってきた県知事と地元住民との軋轢に翻弄される地役人(「女の面」)。福島県令・三島通庸が押し付ける重い税負担に怒る農民たち。それを抑える男はかつての京都見廻組だった(「道理」)。
いずれも時代の変わり目に遭遇した男たちの悲惨にして滑稽、重厚にして軽妙な物語が楽しめる。
先々週、先週の「読んで、書評を書いた本」は、以下の通りです。
五十嵐恵邦
『敗戦と戦後のあいだで~遅れて帰りし者たち』 筑摩書房
柳 美里
『沈黙より軽い言葉を発するなかれ~柳美里対談集』 創出版
逢坂剛・川本三郎
『さらば愛しきサスペンス映画』 七つ森書館
一橋文哉
『となりの闇社会~まさかあの人が「暴力団」?』 PHP新書
* 上記の本の書評は、
『週刊新潮』(11月08日号/11月15日号)
ブックス欄に掲載されました。