碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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書評した本: 梯久美子 『原民喜 死と愛と孤独の肖像』

2018年09月15日 | 書評した本たち



週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』
岩波新書 929円

梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』は、昭和26年に45歳で自ら生涯を閉じた作家・詩人の本格評伝だ。「私の自我(ママ)像に題する言葉は、/死と愛と孤独/恐らくこの三つの言葉になるだらう」という原の文章をもとにした三部構成となっている。

死の章では4歳の弟、51歳の父、21歳の姉を亡くした原少年と死者たちとの関係を探っていく。また愛の章では生前はもちろん、33歳で亡くなった後も慕い続けた妻・貞恵との結婚生活が軸になる。他者との交流を極端に苦手とした原青年にとって、貞恵はまるで慈母のような存在だった。

そして孤独の章で描かれるのは昭和20年8月6日に広島で体験した原爆と、それを書き残すことに生きる意味を見出した原の姿だ。被災時の自筆ノートと『夏の花』の文章を比較することで、事象の記録に徹しようとした作家の魂が浮かび上がってくる。

しかも大げさであること、曖昧であること、主情的であることを拒否した原に、著者は「生来の繊細さ」「表現者としての理性」「死と死者に対する謙虚さ」を見出していく。あまりにも多くの命を奪った原爆という惨劇について、原は最後まで低い声のまま、静かに語り続けたのだ。

実は、この本の最後に意外なエピソードが収められている。友人だった遠藤周作と一人の女性をめぐる話だ。孤独と思われた晩年にほのかな灯りがともったようで、著者の丁寧かつ真摯な取材に感謝したい。

(週刊新潮 2018.09.06号)

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